朴チョルヒョン氏に答える
 件の朴氏のblogに,本日(02/05)付で「彼らに言いたいこと」なる記事が上がって来ていました.
 この記事,どうやら必ずしも専らdoronpa氏への再反論として書かれたものではなく,「朴氏のblogにコメントを残した日本人」に向けて書かれたもののようですので,コメントを残した当事者の一人として,一応言うべきことを要約してTBを打っておくことにしました.

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僕は基本的に歴史を考える時、相対性の観点からみます。ドロンパ氏のブログにもリプという形で書きましたが、当時の日本の立場というのも理解はできます。僕も日本に来て、坂本竜馬など読んでるし、開化に向けての日本政府の意志や幕府時代から皇室中心の権力移動の流れなどを読んで、資源のない、しかも島の国が自分たちのために外に出ようとしたというのをある程度理解はしました。しかし、理解はできるけど、納得はいかないということです。なぜかというと、それが朝鮮を含め、中国の民衆あるいは日本の国民たちを苦しめた結果となったわけですから。最終的にもそうですし、その過程の中で苦しんだ方たちはたくさんいます。韓国の例ではないのですが、南京大虐殺をみてもそういう悪い行動があったというのは事実です。もちろん太平洋戦争の中で苦しんだり、被害にあった日本人にも心より残念だと思うのです。

特に40年代の数少ない一部の軍国主義者によって日本も含めアジアの民衆が苦しんだのはありえません。彼らは批判されるべきだと思います。僕が今回絶対に乗り越えられない壁を感じたのはこの点です。国民性の差を感じたのもこれです。
 まず,明治維新後の日本の対外政策を 上に言及されている「資源」の獲得など日本の富国強兵論もしくは膨張主義のみで説明し得たようなつもりになってしまうのは,あなたの言葉をそのまま借りれば「単純・無識」としか言いようがありません.
 現に日本の朝鮮経営が終始一貫して赤字だったことをご存知ですか? 上の意見に沿って 敢えて損得だけを論じるなら,日本にとって朝鮮統治はむしろ負担でしかなかったのです.
 それでもなお日本が朝鮮を維持しなくてはならなかったのは,主として周辺国(特にロシア)との軍事的緊張関係が原因でしょう.朝鮮が金玉均や朴泳孝ら開化派の力で自力で近代化を成し遂げ(当時日本はこれを支援しています),日本と並び立つ独立主権国家としてやって行けたなら,日本はそもそも日清・日露両戦争に備える必要すら無かったのです.
 ところが実際に朝鮮に自力近代化の可能性など一片でもありましたか? 特に上述の金玉均などは 誰によってどういう殺され方をしましたか? 鎖国政策と清国への事大主義だけで国を守れると最期まで錯覚していた頑迷な為政者や,自らの勢道政治を守る為に国の権益も尊厳も悉く近隣諸国に売り渡した末にクーデターで殺された王妃のような,そうした人物が国政の頂点にいる国が,一体どうやって近代化することが出来たというのでしょう?

 次に「アジアの民衆が苦しんだ」について.
 例えば朝鮮と同じように日本領だった台湾の人々が,日本統治について何と言っているかご存知ですか?
 台湾だけではありません.マレーシアやインドネシアをはじめとするアジアの多くの国々が,日本による占領を──もちろん問題点も少なからずあったでしょうけれども──個々の事実を国民にきちんと教え,是々非々で評価しています.どの国でも総体的には日本に好意的であり,日本によって自分たちが欧米による植民地支配から解放された事実をも公正に評価しています(そうでなければ李登輝氏やマハティール氏のような人物が存在する筈がありません).
 それが出来ずに専ら自分たちを「侵略の被害者」だと思い込み続けているのは,南北朝鮮と「中国」の人々だけです.「国民性の差」を痛感しているのは韓国の方々の側だけではありません.
国の指導者と国の指導者がやったから正当だということ。

僕はそう思いません。韓国は国民たちの力で民主化を達成した経験があります。近頃公開された韓日協定に韓国の人たちが不平等だといっているのもサンプランシスコ条約に定められた個人の請求権を韓日協定で放棄した、つまりその放棄を韓国側が認めたことです。ドロンパ氏も含め、ネット上の彼らの主張だと多分それは国と国がやったから問題ないというはずです。しかし、当時の政権は軍事独裁政権だし、アメリカも背後にいます。これを今の韓国人の人たちは認めないことです。日本にも60年日米安保条約の時、無数な反発があったわけです。つまり問題はこういうのを<今>を住んでいる僕たちがどういう風に判断するかの問題だと思います。

ここで僕は彼らとは話が出来ないと判断したわけです。国がやるから批判できないと思ってる彼らと間違っていたら批判すべきだと思っている僕とどうすれば討論できますか?もし、これから日本が戦争を起こそうとしたらそれも国がやるからしょうがないと思うわけ?僕はイラク戦争に韓国や日本が参戦するのを常に批判して来ました。彼らはどう思うのか知りたいです。過去の歴史だといい決めるのが実は現在も行われているということです。形だけを変えて。
 まず「国の指導者同士がやったことだから正当」という点についてですが,「正当」性というものについての考え方に食い違いがあるようです.
 私を含め 多くの日本人は 「正当」性を以下の意味で用いています.すなわち,政府が国家を代表する権能と責任に於いて外国と取り交わした約束については,たとえそれが国民にとってどんなに不本意なものであろうと,政府が全的に責任を負うべきものだという意味です.おそらくはdoronpa氏も同様の立場に立つでしょう.
 韓国で教えられているかどうか分かりませんが,日本も1850年代中盤から末期にかけて欧米列強と多くの不平等条約を結びました.もちろん国民の同意など得ることなく,です.しかし日本人は当時徳川幕府が日本の全権を代表して臨んだ交渉の産物である諸条約を「あれは民衆が望んでいなかったから不当・無効」などと言い出したりはしません.
 何故だかお分かりですか? そんなことをすれば却って諸外国が日本政府の責任能力を疑う結果を招き,日本が「国際ルールを軽んじる国」「国家間の約束事の重みを理解できない国」として扱われることになってしまうからです.
 公正を期する為に付け加えますが,日本でも,特にアメリカとの通商条約締結に際しては それが天皇の勅許を得ないまま幕府の独断で結ばれたことに関し 在野人士を中心に多くの異論が持ち上がった事実は あります.そうした人々が やがて明治維新やその後の近代国家建設の主力を担う勢力へと成長して行くのですが,それでも彼らはアメリカに対して一方的に「条約無効」を宣言したりはしませんでしたし,ましてや国民が今日に至るまで「アメリカの非道」を責め続けるなど,私たちには想像も出来ない事です.

 上の「当時の政権は軍事独裁政権だし」云々についても同様です.韓国が諸外国と取り交わした約束事の重要さは,韓国の内部事情によって左右されません.
 参考までに,日本では旧幕府が諸外国との間に取り交わした諸条約を明治新政府が全て引き継ぎ,責任を履行しています.こういう点にも,「なぜ日本が近代社会の仲間入りをすることに成功し,一方で朝鮮が失敗したのか」という問に対する答えの一端を見出すことが出来ます.
歴史の認識も一緒です。ドロンパさんが原爆に関して、それも一理あると言った時点でもう話は終わりではないでしょうか?これはただの感情論ではないです。原爆はアメリカの一部のタカ派が主張したものですし、実際にそれ以後の歴史を見ても核武器が広がりいつでも第3次大戦が起こるかも知れない恐ろしい時代になりつつあります。もしや日本と北朝鮮が戦争したら核武器が使われるかもしれない。その時彼らは北朝鮮が核武器を使っても、一理あるでしょうと言えるのでしょうか。
 まず 北朝鮮が将来実際に使用することになるかも知れない核兵器──私は現時点では北は核保有可能な技術水準には到っていないと考えていますが,そのことはここでは議論に関係ありません──は,「日本と北朝鮮との間の戦争を早期に終結させる」能力を持ちませんし,ましてや「日本や朝鮮の民衆を救う」ことにも繋がらないでしょう.明日の食糧にも事欠いている北朝鮮の将兵が日本を占領統治しに来るだけの力を持っているとでも言うなら話は別ですが.
 従って上のような仮定の質問には意味がありません.が,一つだけ付け加えておきましょう.
 常々言っていることですが,私はヒロシマ・ナガサキの原爆は《全人類の 全人類に対する犯罪》だったと思っています.だからこそ,核の惨禍というものを 原爆投下の実行者であるアメリカだけの責任だとは考えませんし,ましてや 《核の無い世界》を切望する全世界の民衆の声を反米イデオロギーの道具として利用しようとする動きに関しては,私はこれを心の底から軽蔑しています.
国が過去にやった事に対して過去は過去でありと言っている方たちが恐ろしい理由は、現在同じことが起きても何の批判もしない、国の決定に従うという固定された考え方をもっているからです。国より民衆を、結果に従うよりその過程での批判と監視を。
 私や,おそらくdoronpa氏も同意見だと思いますが,韓国人から見れば「極右」に見えるらしい多くの日本人は,「安直に歴史の事実を水に流すこと」を望んでいません.ありもしないことまで「あった」と言われ,「加害者」としての「責任」を自覚するよう強要されたまま,当世大流行の「未来指向的日韓関係」なるものに耽溺することに 納得が行かないだけです.
 先日放送された「ジェネジャン」でも そうでしたが,歴史の事実を安易に水に流そうとしているのは,むしろ 某お笑い芸人のような「いつまで昔の事を言うてんねん」派でした.彼らは日韓双方の歴史認識の違いを「友好の阻害要因」として捉えます.歴史認識に於ける対立を避けようとします.むろん避けられるならそれに越したことは無いでしょう.例えば上述のように日本人は「黒船」や「ヒロシマ・ナガサキ」の件でアメリカを恨んだりしませんが,これなどはその成功例でしょう.

 一方,歴史認識をめぐる日韓間の関係は それとは程遠い現状にあります.
 韓国人はしばしばこう言います.「もともと韓国人は昔の事をいつまでも根にもったりはしない.韓国人が日本を許そうとしても,日本人が折にふれ妄言を吐いては韓国人を再び怒らせるのだ」.
 多くの韓国人たちの思い込みとは異なり,韓国人から見て「右翼」に見えるらしい類の日本人たちは 歴史を隠蔽しようとも歪曲しようともしません.むしろ 日韓関係の歴史に於いて 何が実際にあったのか,逆に何が無かったのかを徹底的に再検証し,単なる被害者意識に基づいた思い込みではなく 客観的根拠に基づいた事実のみを再評価することを主張します.
 南京「大虐殺」にしても「強制連行」にしても「従軍」慰安婦にしても 全てそうですが,自称「被害者」らの証言以外に何らの客観的証拠が提示されないまま,自称「被害者」の主張を黙認することを,私は正しい歴史認識のあり方だとは考えていません.今まで機会があるたびに主張して来た事ですが,昨今しばしば言われる「未来指向的日韓関係」なるものが《韓国人の一方的・独善的な歴史観を日本人が無条件・無制限に受け入れること》を前提としてのみ成り立ち得るものであるなら,そんなものは日韓関係の発展にとって有害無益の存在です.
 真の友好関係とは お互いに言うべき時には言うべき事を言い合える関係でなくてはなりません.上述のような韓国人の被害者意識は,そうした関係を築く上での最大の障碍です.
 「日本右翼の妄言」に興奮する韓国人たちは,いつまでも「被害者の気持ち」論にすがって悲憤慷慨し続ける態度を捨て,具体的にその「妄言」のどこが誤りなのかを,誰もが納得する根拠によって立証する努力をすべきです.

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02/06追記.
  1. 「もし北朝鮮が核を使ったら…」について.後世の史家の中に「北朝鮮の核は却って金正日独裁体制の崩壊を早め,結果として北朝鮮の飢えた民衆の解放に繋がった」と評する人々が出て来る可能性はあります.そうした意見を,私はやはり「一理ある」と思うでしょう.
  2. 「民衆の意思によって国家の決定を覆せないということ」は,「政府の方針について国民が無批判・従順であらねばならないこと」を意味しません.一つの政策が国家意思として決定される以前の段階でなら あらゆる批判が許されるべきでしょう.重要なのは,ひとたび決定した事項について「民衆の意思」は介入する権能を有しないということです.
     この点を理解しないことは,議会制民主主義の原則を理解しないことと同義です.率直に言いますが,そうした人々の行なう「民衆の力による民主化」は,単に軍事独裁から衆愚政治への移行に過ぎません.
  3. 昨年12月17日の日韓首脳会談後の共同記者会見の席上,盧武鉉大統領は拉致問題に関連しての対北経済制裁論の動向に触れ,
    「日本の国民感情は理解するが,指導者というものは時として国民感情に反する決断を下さなくてはならないこともある」
    という意味の発言をしていたのは記憶に新しいところです.
     もちろん,彼の発言の背景には,過度の北朝鮮擁護や 日本国民が単に感情論で経済制裁を求めているかのような曲解など 多くの点で反論の余地があります.それらを差し引いてみても,事あるごとに日本に対して「被害者の気持ち」論を振りかざす韓国人の代表である大統領が その一方で日本の首相に対して「被害者の気持ち」に反する決断を求めている点は 極めて示唆的です.

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by xrxkx | 2005-02-05 21:49 | ◆ ジェネジャン騒動