|
さて少し間が空いてしまったけれども、単純すぎるモデルのままあまりいつまでも放置しておくと、それしか考えていないみたいでバカに見えるから(笑)先を急ごう。 前回の「3極モデル」から支那をバッサリ省いてしまった理由の多くは、一言で言えば「支那を入れると途端に話がややこしくなるから」というだけのことである。左側のヤルタ会談当時の図もそうだし、右側の冷戦期の図のほうもそうだ。 ヤルタ会談に支那代表として出て来ていたのはもちろん蒋介石なのではあるが、蒋の重慶政府というのは当時支那に幾つもあった政権の一つに過ぎず、延安の毛沢東、南京の汪兆銘やらその他地方軍閥の類まで含めれば「政権」なんぞゴロゴロあったわけで、どれか一つでもって《「中華民国」なる国家》を代表させてしまうと大なり小なり無理がある。そもそもそれらを当時の東アジアの勢力の力関係の中での《極となるプレーヤー》の一人だったとまで見てしまうと買いかぶりすぎることになりそうだし、特に蒋介石の場合は単にのちに「支那代表」の座を毛沢東に掠め取られるだけでなく、支那を追われた後も台湾で中途半端に生き延びていたりするのでますます扱いに困る。 西欧の左翼というのは、スターリンが独ソ不可侵条約によってヒトラーと取り引きしたことでソ連に対する幻滅を味わっているせいもあって、戦前の時点で既に古色蒼然たるインターナショナル路線とは袂を分かっている。彼らの場合、その後はもっと社会民主主義っぽい方向に行ったり或いはグラムシみたいなのに飛びついたりしたわけだが、そういう意味での思想的な「ソ連離れ」が日本の左翼に於いては西欧に比べてずっと遅かった。彼らにとっての転機になったのは、フルシチョフによるスターリン批判だったり、東欧の民主化運動へのソ連の弾圧だったりした(註1)が、日本の左翼の場合そうやって「ソ連離れ」したあとに飛びついた先がそれまで以上にまずかった。 ※註1:右側の図について私はこれまで大雑把に「冷戦期の」という言い方をして来たけれども、コミンテルン史観が戦後日本の左翼の間で支配的だった時代というのは、上述のような具合で本当は大東亜戦争後のかなり短い時期だけだということになる。 「ソ連型ではダメだ」となって以後の西欧の左翼が先進資本主義国らしい社会主義のあり方をもう一回ちゃんと考え直そうとする方向に行ったのに対して、日本の左翼の場合はどちらかというと逆にマルクス主義がもともと想定していた一直線的な社会発展モデル(最初に原始共産制があって、奴隷制やら封建制やらを経て最後に共産主義社会に到達するという例のやつ)から取りこぼされた部分をどうやって掬い上げるか、みたいな方向に一生懸命になりすぎてしまったきらいがある。そういうことになってしまう背景には、勿論日本自身の社会構造が西欧キリスト教圏のそれと違っているという問題が何より先にあった(例えば「明治維新はブルジョア革命と見做せるか」みたいな話を延々ああでもないこうでもないやった挙句に「天皇制ボナパルティズム」などという珍妙な造語が生まれたりするように)のだろうけれども、それとは別に、日本の周りに先進資本主義国が一つも無かった点を挙げないわけに行かないだろう。 日本で殊更「民族主義」などというと何やら街宣右翼めいて聞こえるが、左翼が民族主義と結び付く傾向自体は世界史的に見ても別に珍しい事ではない。もともと弱小民族による自決権闘争やら反植民地主義闘争というのは「帝国主義」の対外膨張政策を敵視しているという点に於いて左翼と親和性は高い。スターリンのもとでコミンテルンが階級的利益ではなく《ロシアという特定国家の利益》を守る目的の為に周辺の衛星国を将棋の駒のようにコキ使うだけの組織に堕落したことへの批判を経た後の左翼にとっては特にそうだ。 それでも、西欧というのはもともと自分たちだけで大きな一個の閉じた経済圏や文化圏を作っており、とりわけ第2次大戦後は旧植民地を(結果的には)どんどん切り捨てていく形になったので、左翼にしても基本的に自分たちの先進資本主義社会の中だけで話が完結するのだからある意味気楽なものである。翻って日本の場合となると、何しろ周りが後進国だらけなので国と国との関係は専ら「日本がひとりで周辺国を侵略し搾取している」ような──多分に史実に反する──絵になってしまいがちである。とりわけ大東亜戦争に敗れて以後の日本は曾ての欧米列強の分まで《汚れ役》を引き受けさせられてしまった。 もともと民族主義勢力であったものがやがてソ連型社会主義の一党独裁体制を便宜的・形式的に取り入れてゆく傾向は、20世紀の序盤から中盤の東アジアに於いて極めて顕著だった。その雛形となったのが支那である(そうした要素は既に孫文の時代の国民党にも濃厚にあった。それが所謂「農村型革命」として完成を見たのは毛沢東が共産党の主導権を握ってからであるが)。今でこそ「我が国の特色ある社会主義」だ「ウリ式社会主義」だなどと後進国がマルクス主義の真似事を始めると碌な事にならないのは誰しも知る所だが、左翼の忌み嫌ってやまない所のファシズムといい勝負の野蛮で非人間的なこうした政治体制に対して日本の左翼が無節操なまでに寛容であったことは、先ほど述べたような日本の道徳的な「負い目」と無縁ではないだろう。勿論、「負い目」といっても左翼の立場から見ればそれはあくまで民衆から切り離され遊離した《日本という国家》の「負い目」であって、それを論い糾弾することに彼らが一種のカタルシスを覚えるらしいことは、所謂「自虐」史観が本当は自虐でも何でもないというのと同じことであるが。 こうした理由で、「ソ連型ではダメだ」となった後の日本の左翼陣営の一角にとって、支那がまことに有難い思想上の拠り所だった時代があった(註2)。彼らの眼にはあの「文化大革命」までが民衆による下からの改革に映ったらしい。「文革」を手放しで賛美していた「進歩的知識人」などは掃いて捨てるほどいる。学校教育の現場も例外ではなかった。70年代くらいまでは歴史教科書にも「文革」礼賛の言説が幾らも見られたものである。今では彼らは一様に頬かむりを決め込んでいる。例の「従軍慰安婦」が教科書に登場する頃までには、「文革」のくだりは教科書からすっかり消えてしまったそうだ。 ※註2:ついでにいうと、支那に於いて四人組が打倒され「文革」が一転して否定された後も長い間《ボロが出なかった》のが北朝鮮である。ちょうど西欧の左翼がユーゴスラビアのチトーをもてはやしたのと同じような調子で、日本ではホー・チミンや金日成が礼賛された。左翼が「民衆史観」に傾けば傾くほど、弱小国のカリスマ的独裁者が株を上げた。同じ独裁者でも反共の朴正熙などは散々だったが。 左翼の話が長くなりすぎた。戦後日本の親米「保守」陣営から見た支那の位置付けについても触れておかなくてはならない。 東欧の多くの国々とは異なり支那はソ連の衛星国とはならなかった。共産党内で頭角を現した後の毛沢東が主導権を握るに当たって「モスクワ派」の徹底的な粛清を行ったのは有名である。殊にソ連でのスターリン批判このかた支那はソ連とはまことに仲が悪く、イデオロギー上の路線対立のみならず実際に国境紛争まで起こすほどの軍事的緊張関係にあった。支那を「共産陣営」としてソ連と一括りにしてしまうのは無理である。支那は寧ろ米ソのイデオロギー対立の埒外にあった。 冷戦期に於ける支那は左翼にとってばかり便利な存在だったわけではなかった。支那の外交の巧みさは、「共産陣営の盟主」だったソ連と敵対関係にある自らの立場を逆に利用して、本来自国にとって敵である「米帝」に自らを高く売り込むのに成功した点である。その絵を描いたのがキッシンジャーと周恩来だった。対外的には非同盟主義を売り物に全方位外交を行い、国内的には徹底的な一国社会主義を実践し、核保有、蒋介石の「中華民国」から椅子を乗っ取る形での国連加盟・安保理常任理事国入りを果たした支那は、米支修交──日本にとっては寝耳に水の──によって米ソ両国と並ぶ国際政治の極としての地位を不動のものにした。日本の大衆がパンダちゃんに熱を上げていた頃には日支両国の力関係は既に逆転していた。 支那の発言力は改革開放路線による経済発展とソ連の崩壊を経た今日にあってますます鞏固である。日本の相対的没落はパンダちゃんのせいではなく、日米「同盟」だけを頼みにして来た日本の「保守」派の政治的怠慢にこそ責任がある。なるほど大東亜戦争後の占領統治によって日本人を物理的にも精神的にも武装解除したのはアメリカだし、朝鮮がキナ臭くなるや一転して日本に再軍備を命じ、しまいには「安保タダ乗り論」やら日米「同盟」の「双務性」やらを次々と言い出したのもまたアメリカではある。しかしそのことはアメリカ様の言い分に唯々諾々と従って来た日本の「保守」政治の責任を些かも減じない。なるほど日本は再軍備こそしたが、遠くイラクやゴラン高原まで兵を送らされながら拉致被害者救出すら行う力を持たない。全てはアメリカ様の御意向次第である。 なるほど国家の主権保全の根幹を他国に頼りひたすら経済建設に勤しむことができなかったら戦後日本の経済的再興が少なからず遅れたであろうことは一面では事実だろう。しかし現在の繁栄が今後も続く保証など何処にも無い。アメリカ様にくっついていればこの世は安泰という以上の立国理念を持たない「保守」こと親米派と、ただ念仏のように反戦平和・護憲を唱える左翼およびサヨクとは、このようなまことに危なっかしい繁栄にしがみ付いているという点に於いて同じ過ちを犯している。自主国防が無ければ自主外交もあり得ない。自前の軍事力に裏打ちされない「平和」外交から抜け出さぬ限り日本は永久に「世界の財布」に甘んじなくてはならない。 戦後「保守」を自称する親米派の歴史観が大東亜戦争終結を境に捻じれている、という点について、今まで慰安婦決議案の話の途中で何度か言及して来た。これについては以前から私の立場を一度まとめておいたほうがよいかも知れないと思っていたので、物凄く大雑把な図を何枚か描いてみた。
さて、この三者の関係だが、赤く塗ったのがヤルタ会談当時の「聯合国」であり、青く塗ったのが冷戦期から今日に至るまでの所謂日米「同盟」である。当然ながらアメリカはその両方に属している。何だかこうして見ると日本とソ連とでアメリカを奪い合っているように見える。 コミンテルン史観
白および灰色に塗った部分がそれぞれ「正」および「邪」とされることを表す。コミンテルン史観で言えばソ連は当然ながら戦前・戦後とも「正」である。この見方で行くと日本は戦前の「軍国主義」の時代も冷戦期の「米帝の走狗」の時代も一貫して「邪」ということになる。 さて戦前と戦後で色が違うのがアメリカである。ヤルタ会談当時のアメリカは「反軍国主義・反ファシスト」陣営の一員なので「正」である。一方で、冷戦期のアメリカは「帝国主義」陣営の一員(いや親玉か)なので「邪」である。日本の敗戦後、徳田球一だか宮本顕治だかがアメリカの占領軍を「解放軍」と呼んで万歳を叫んだそうだが、その彼らが同じアメリカの「帝国主義」を非難するのは、アメリカのその時々の立場をコミンテルン的立場からどう評価するかという《クレムリンの御都合》を反映しているに過ぎない。無論、実際にアメリカの対アジア政策が戦前と戦後とで本質的に何か変わったかといえばそんなことは全然無い。 GHQ史観
この見方に立つ人々は、日本国内で「保守」派を自称する人々の中にも存外多い。戦前の日本は「軍国主義」だから「邪」、戦後の日本はアメリカと「自由と民主主義という価値観を共有」する「同盟国」なので「正」というわけだ。靖國問題を巡って、自称「保守」派の中からすら「A級戦犯」分祀論がしばしば出て来る所以である。 まとめ図(2)および(3)の左側こそが、即ち世間でしばしば「東京裁判史観」と呼ばれるものである。一目で分かるように、この図の最も胡散臭い点は左側のソ連が白く塗られている点である。即ちあのスターリンを「民主主義」陣営の一員に加えている点である。 何せコミンテルン史観のほうはもともと共産党独裁の確信犯の立場から出て来るものだったわけだから、スターリンを「白」とすることの非を論ってみても無意味だろう。問題は「保守」派を自称する人々の中にも「東京裁判史観」を前提に日米関係を論じたがる者がゴマンといるという点である。 彼らの歴史観の中には「日本」が無い。少なくとも東アジアに於ける国際政治の極としての日本が無い。あるのは「アメリカにくっついている日本」と「そうでない日本」だけである。戦前の日本はアメリカ様に歯向かったから敗れた。戦後の日本はアメリカ様の「自由と民主主義」の信奉者であり続ける限り安泰である。それだけのことである。これの一体何処が「保守」なのか。 これも以前何度か触れたが、2005年のブッシュ演説に於ける「3つの誤り」批判──3つとも要は「独裁者との妥協」の誤りであるが──の3つのうちにヤルタ会談が含まれていたことの重大さは、まさにこの文脈で考えなくてはならない。スターリンのソ連を「白く塗った」ことがスターリン主義という怪物を肥え太らせ、結果としてあの東西冷戦をもたらしたという事実を、冷戦の生みの親の一人であるアメリカを代表して同国大統領自ら指摘したことの意義は大きい。日本はこうした動きにもっと敏感であるべきだった。戦後60年という節目の年に相応しい歴史観の転換を、日本人が自ら先頭に立ってやってのけるべきだった。当時の小泉総理にはその意志も才覚も無かった。 丸い地球を平らな紙の上に描こうとすると必ず何処かにその皺寄せを生じるのと同じように、現実には極めて多極的である筈の国際政治──上で見たような単純なモデルですら、東アジアだけで最低三極は必要──を強引に二極でとらえようとすると必ず何処かにほころびを生じる。上述の「白いスターリン」が象徴するのはまさにそうしたほころびである。これまで幾たびとなく触れた所の、第2次世界大戦を「民主主義のファシズムに対する戦い」と位置づける虚構は、まさにこのほころびを覆い隠すことによって、ソ連崩壊後十数年を経た現在もなお生き続けている。此処でいよいよ支那について触れなくてはならなくなる。(つづく)
(先に天木氏の件の文章からお読み下さい)
自ら官を辞し外交の現場を離れて久しい天木氏のことである。多少ヤキが回るのは致し方ない。が、上の文章から垣間見られる氏の人間像は、彼の思想信条への賛否以前に、人として憐れである。一つの憎悪で心が満たされると、人間というのはかくも堕ちるものか。 冒頭からして「慰安婦問題について私はこのブログで論ずるつもりはない。不毛な論争に時間を使いたくないからだ」である。おそらくこの問題の生い立ちのいかがわしさについては氏もよく分かっているのだろう。それは彼にとって「不毛な論争」に見えるらしい。さすがに「従軍慰安婦」だ「性奴隷」だといった《為にする造語》をこれ見よがしに用いてみせるのを避けるだけの節度と良心を氏が備えているらしいことは一つの救いではあるが。 周知の通り、天木氏は駐レバノン大使時代にアメリカによる対イラク戦に日本が加担することに断乎として異を唱え、遂には官を辞するに至った人物である。氏が当世の日本政府の対米盲従ぶりを批判するなら、即ち《アメリカ様の鶴の一声》に頭の上がらぬ日本であってはならぬと考えるなら、なおのこと彼は「グリーンなどという男が何を言おうが構わず、日本は自ら正義と信ずる所を堂々と貫くべきである。相手がアメリカであれ何処であれ不当な非難や要求に屈してはならない」と声を大にして主張すべきではないか。本来そういう人物なら、慰安婦問題という日本の国家および国民の名誉に関わる一大案件を「不毛な論争」の一言で放り捨てるような無責任な真似はできない筈である。氏は曾ての自らの進退を賭けた戦いの経歴に自ら泥を塗っている。 2004年秋の園遊会の折だったか、国歌・国旗の問題で「強制でないことが望ましい」なるご発言を今上帝がなさったというニュースが流れるや、ある特殊な政治的傾向を持った人々の多くが、都教委憎しの一念のあまり、本来忌み嫌って止まない筈の天皇のお言葉を錦の御旗の如くまつり上げ、鬼の首でも取ったように都教委をこき下ろしていた姿の浅ましさを思い起こされたい。今上帝のサイパン御幸の折も然り、かの「富田メモ」の折もまた然りだった。現在の天木氏の姿は彼らと瓜二つである。「日本の為政者たちが最大の味方であるとあがめ奉る『米国要人』」が「日本を擁護できない」と言っているぞ、ザマアミロ、という屈折した痛快の念以上の果たして何物を上の文章から読み取れるか。 日本の政治の中枢には「保守派」を自称するただの親米派があまりに多い。「保守」論壇に於いてもまた然り。誰とは言わぬが遊就館の展示物の「反米的記述」を改めさせたと自画自賛に明け暮れる輩などはその最たるものだろう。 何度でも言う。今回のアメリカの日本に対する振る舞いは日本の「同盟国」としてではなく戦勝国としての、或いは占領国としてのそれである。上の天木氏の文章が掲載されたのと同じ03/09付でシーファー駐日米大使が「河野官房長官談話から後退すれば破壊的な影響を与える」などと穏やかならぬ物言いで慰安婦問題に言及し、日本への内政干渉まがいの決議案を批判するどころか逆に自らも進んで内政干渉まがいの発言を重ねている事実に鑑みても明らかなように、今回の慰安婦決議案騒動は、単に支那・朝鮮移民のロビー活動にハイジャックされた一部の州に於ける議員らの利害の問題などに矮小化してとらえてよい問題では決してない。 もともと日本という国が真の意味での独立を回復するには、大東亜戦争を巡る歴史観の面に於いて占領国たるアメリカとの間で遅かれ早かれ決着をつけねばならなかったのである。そのチャンスは過去に幾らでもあった。その都度日本は決断を先送りして来た。今度という今度はそうは行くまい。濡れ衣を着せられた先人らの無念を雪ぎその名誉を取り戻す為に国を挙げて戦うか、無実の罪を甘んじて受け、ワシントン幕府の忠実なる御家人たり続けるか、途は二つに一つである。日本は東京裁判をもう一度やるくらいの覚悟で今回の騒動に臨まねばならぬ。ホンダ某らの動きの背景に支那およびそのオマケによる反日策動があろうが無かろうが、そんなものは今やついでの事である。 翻って我が天木氏の自らの祖国に対する観察眼は、それらから何からひっくるめ十把一絡げに「慰安婦問題で威勢のいい事を言っている右翼の連中」に見えるまでに曇ってしまったらしい。上のようなやり方では、上述のような親米派の対米盲従に対する氏の批判の質が問われることになるばかりである。 慰安婦問題で威勢のいい事を言っている右翼の連中は日本の国益を良く考えたほうがいい。日本の国内で、慰安婦問題に理解を示す政治家や識者を威勢良く罵倒する事は勝手である。しかし米国へ行って、米語で、奴らに同じ事を言ってみるがいい。勇ましい事を言ってみたらいい。勝ち目のない戦を米国に挑んだ日本は、その結果どうなったか。愚かな経験は一度だけでよい。慰安婦問題に限っては、私はマイケル・グリーンに賛同する。 「勝ち目の無い戦い」を挑むといわれて思い出すのが、2005年のあの馬鹿げた郵政解散/総選挙の折のことである。あのとき、小泉前総理と同じ選挙区から無所属で出馬し、徒手空拳で一騎討ちを挑んで敗れたもと外務官僚がいた。多くの場合──具体的には「日本はアメリカによる対イラク戦に加担すべきでなかった」という一点を除いては──そのもと外務官僚の政治的立場は私とはほぼ正反対であったし、そもそもそれ以前に郵政民営化やさらには国政全般に対する特筆に足る定見を彼が持っているようには私には思えなかったが、それでも私は彼の自らの所信に対する《筋の通し方》までを一笑に付す気にはなれなかった。寧ろそういう愚直さを私は愛する。彼が今何処で何をしているかはともあれ、彼が今も自ら信じる正義に殉じるだけの覚悟を持った《愚かな硬骨漢》であり続けていてくれることを願ってやまない。 さて米下院慰安婦決議案の件。いま起きたばかりでこれからごはんなので簡単に。 前回私は米下院議員らに意見を出すよりも先ずは日本政府に河野談話を公式撤回させる方策を考えた方が「健全だと思う」と書いたのでしたが、ではどうするのがよいかとなると、正直なところ私自身よい思案があるわけでもありませんでした。 他人様のやり方を批判する以上は相応の代案を出さねばフェアでありませんし、第一、再三に亙って述べて来たように事は我が日本の名誉に関わる問題です。かかる事態を目の当たりにして傍観者的・お茶の間時事評論家的態度を決め込むような真似だけはしたくない。何を為すべきか。此処数日来そのことをぼんやり考えていたのですが、96年に国連人権委に出された「クマラスワミ報告」の主であるクマラスワミ女史を何とかして公開討論なり何なりに引っ張り出す算段が無いか、と思い始めているところ。 ところで、先日の竹島の日に前後して日本のネット上でも俄かに知名度の上がった Occidentalism というblogで最近慰安婦問題に関するエントリが続々上がっています。米メディアが安倍発言を誇張して報じた件についてもちゃんと日本語報道の原文に当たって内容を確認しています。さらに元慰安婦の証言がそのたびごとに食い違っている件についてもかの李容洙の例を挙げて紹介していました。こんなのが非日本人のblogで流れるのは初めてかも。 上の安倍発言曲解報道の件は「またオオニシか」な部分の他にたしかAPでも流れていたから、或いはMari Yamaguchiも一枚噛んでいるかも。この人は昨年の北朝鮮のミサイル発射の折にも「日本が先制攻撃を検討」式のトバシ報道をバラ撒いた前歴があるし。 御存知のように日本発の英文報道というのは国内メディアか外信かを問わず総じてかなりバイアスが掛かっています(面白いことに慰安婦関連報道に関する英文記事では朝日より毎日のほうがひどかったりする。あとJapan Timesとかもかなりアレだ)から、外国人のblogというのは往々にして朝鮮人の主張を鵜呑みにしていたりするわけで、上の Occidentalism のように日本語の原文まで──読者の助けを借りてであるにせよ──ちゃんとチェックした上で記事にしているケースはまだまだ稀です。こういうのが日本人でも韓国人でもない第三者の立場で英文でWebに流され始めていることの意義は非常に大きいといえます。私も長いことサボっていた英語版のほうにもそろそろ火を入れないとな。コツコツ続けてナンボだ、こういうのは。 例の安倍発言曲解報道にさっそくマイク・ホンダが食いついた件なども紹介されていましたが、コメント欄を見ていましたらどちらかというとホンダのお朝鮮人脈に関する話で盛り上がっている方も若干名。以前も書いたようにその辺はホンダの主張の是非とは直接関係ないことですから私は殆ど興味ないのですが、中には面白いコメントもありました。これ、既に流行ってるのかしら。 GarlicBreath said: 今日は(といってももう日付も変わってしまったけれども)三一節で韓国では例によって反日妄言オンパレードのようでしたが、単なる反日ヲチはもう飽きたのであっさりスルーします。何か日本にとって大事なニュースが見つかったら随時拾いますが。というわけで竹島の日関連のおさらい。Blogでやるにはいささか旬を過ぎた感もありますが、速報性を売りにするのはツマランので。はじめに先日うっかり書きもらした大事なことを2つばかり訂正というか補足。 まず、先日「つつがなく日程を終えたようで」などと書きましたが御存知のようにメインの行事は殆どが2/22当日を避け週末にシフトしていたのでした。これは賢明な選択だったと思います。週末の方が人を呼びやすいという現実的動機もさることながら、「形だけやってればいいや」というおざなりな態度で竹島の日行事開催に臨んでいないという、韓国側への無言の意志表示になります。実際これが今回思いのほか効いたようです(後述)。 それからカッターナイフおじさんこと崔在翼は正しくは《もと》ソウル市議のようです。2/20付の聯合ニュースによると「1999年12月に家族3代皆で本籍を慶尚北道鬱陵郡鬱陵邑独島里に移し、独島守護全国連帯代表議長に就任 / 2004年2月には独島に戸籍を置く20歳以上の成人らの投票により独島里の名誉里長に選ばれた」とありますが、職業については「自ら『無保守(?)独島管理人』と名乗る」とあるのみでソウル市議の職歴については触れられていません。 さて以前も何度か書いたように、昨年の第1回・竹島の日を迎えるに当たっては、韓国メディアの大多数は「タケシマの日といってもありていに言えば一部の右翼が騒いでいるだけ」といった印象操作を必死でやっていたのでした。ところが、今年は韓国メディアの論調が一転し、「日本の独島侵奪野欲」に対する国民の危機感に訴えるような報じ方がいやに目につきました。先ほどの日程シフトの件などもそれで、韓国メディアによる報道のほぼ全てが殊更その点をみょうに強調して紹介しています。 「我が外交通商部は日本・島根県の『独島の日』行事に関連して『独島の日条例をただちに撤廃し、独島に対する不当な領有権主張をやめる』よう求めた」との報道もありました(単に談話を発表しただけなのか、島根県なり外務省なりに書面もしくは口頭で抗議したのかは不明)。何度も言うように韓国側は「独島の紛争地域化」を避けたいのですから、本来なら「日本政府でなく島根県という一地方が勝手にやっているだけ」のイベントなど知らぬ顔を決め込むに限るのですが、にも拘わらずこうやって余計な真似をしてしまうのは、おそらくは「それだと輿論が納得しない」という事情ゆえに仕方なくやっているのであって、今後も韓国政府からは通り一遍の抗議以上の妨害は無いでしょう。 さて、上述の「危機感に訴える報じ方」、典型的だったやつを1本ざっと見てみると、
国連機関にパンフレットを配布、というのはいいですね。こういうことを地道にやった方が良い。特に国際司法裁判所の件は世界的に広めないと。出来ることなら国連関係機関だけといわずに「独島ライダー」の行く先々で配ったりしても面白い(笑)。ただ、韓国語版は1000枚も要らないと思うぞ。まぁこの辺の数字のいい加減なのはウリナラ報道の常ですし、ましてやこの記事は「民衆の声」などという三流左派系ネットメディアですので細かい事言っても仕方ありませんが。
「守る会」については拙blogにも以前からバナーを貼っておりますので読者も御存知のことと思います。金大中政権の頃以来、韓国メディアはこういうのを必死に「右翼」扱いしたがる傾向があるのですが、その「右翼」と韓国人活動家とでどちらがマトモに見えるかは後述します。 それにしても県会議員らが街頭に立ったらしいというのは心強い。それくらいやってくれないと「国は何をやっている」と言ってみても迫力がありませんし。
年間予算が1400万~1800万あれば結構な事ができそうです。これくらいの予算の枠内で最も費用対効果が高いのはおそらく新聞広告だと思うのですがどうでしょう。県民の意識啓発というとつい地元ローカル紙に眼が行きがちですが、思い切ってWPとかNYTみたいな英字紙にドーンと出してしまうのも面白い。そういうのがニュース沙汰になればいずれ日本の全国紙も記事にするでしょうから元は取れます。国連向けパンフという企画を思いつくほどの着想力がおありなのですから是非ともご検討いただきたいものです。 ところで先にも触れたカッターナイフおじさんのこと。先ほどの聯合ニュースには 同氏は「強硬一辺倒では良い事など無いと分かった。独島についてあまり思い入れの無い日本国民向けには穏健な広報戦を、国民を欺き問題を作っている政治家向けには強力な糾弾作戦を用いたい」と、硬軟両面戦術を駆使する計画であることを明かした。 とあったのですが、さてその顛末や如何に、というわけでKBSの「朝のニュースタイム」なる番組で2/26に流れたらしい現場リポートがなかなか面白かったので、こちらは久々に全訳しておきます。面白かったというのは、上述のように韓国メディアによる報道の多くが今年は国民の危機感を喚起する論調に転じていたのに対して、KBSは去年とそっくりの「盛り上がっているのは一部右翼団体だけ」という論調に徹しており、それが却って異色に見えたからでもあります。テキトーに茶々を入れながら見て行くと──
これ、インタビューじゃないし。「決議文を叫ぶ」って何(笑)。早い話が《日の丸を食べない活貧団》といった風情。穏健路線とやら、早くも先が思いやられます。それから竹島の日は日本政府ではなく島根県がやってるのになぁ、とかいう細かい事は例によってケンチャナヨ。
「正当な旅行」だそうですが、2年前に県議会に乱入して刃物振り回したキチガイが相手ではそりゃ空港側だって警戒もするだろうよ普通。というか仁川空港こそよくまぁこんなのに「決議文を叫」ばせておいたなぁ。
何処かの国ではこういうイベントがあるたびに日の丸焼いたり自分を焼いたりするのが慣習なのかも知れませんが、日本ではこの手の行事というのはもともと粛々と執り行うものなのであってね。海の向こうからキチガイが鳴り物入りで乗り込んで来るから騒ぎになるだけの話。 それはよいのだけれども、県民の反応については正直イマイチだなぁ。特に小学生。竹島の日当日に学校で臨時の朝礼くらいやればいいのに。「昔、韓国の李承晩という大統領が、日本固有の領土である竹島を乗っ取って、日本の漁民をたくさんさらって行きました」くらいのことは校長先生がちゃんと生徒に教えないといかんなぁ。
先の聯合ニュースにあった「硬軟両面戦術」とはどうやらこの冊子のことらしいのですが、それにしても「一方的な行事」ってあなた(笑)。もともとこの手の行事というのはそういうものだと思うが。「対馬の日」とかやってる馬山が日本側の立場に配慮なんぞしているかどうか行って訊いてみろと。そもそも2年前に高野前駐韓大使が記者の質問に答えて「竹島は日本領」だと言ったことにまでケチつけてた連中が一方的も何もあるまい。
はい、予想通り結局ファビョってます。リポーターの口ぶりも例によって「我が方の訪問団」が一方的にやられてることになってるのはご愛嬌。朝鮮人というのはいつもこうだしな。お仕事とはいえこういうキチガイの相手をしなくてはならない警察も「右翼」も大変だわ。 「右翼」といえば、ここに出て来る「右翼団体関係者」って、やはり「守る会」の会長さんかしら。違うかなぁ。ともあれ「穏健な広報戦」とやらをしに来た側よりも「右翼」のほうが遥かに節度ある受け答えをしているというのもいささか哀れを催さずにおれません。
そもそも抗議書簡の手渡しなんぞをわざわざイベント当日の忙しい時にやるほうが悪い。もっとも、もし私が島根県知事だったとしても刃物振り回すようなキチガイとは会いたくないけれどな。 で、また例によって藪から棒に「歴史歪曲」とか言い出すわけですが、一体何処で何を見て歪曲だと言っているのか説明して見せてほしいもの。件の資料室にしても、まだ2/24時点では仮オープンで崔らは入室していないだろうし。他に何か「歴史」っぽいものあったっけか。あと、これだけ毎年話題にしてるんだからいい加減「しまね」くらい覚えろ(笑)。 < 前のページ次のページ >
|