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カテゴリ:雑記( 132 )
東京裁判史観がもたらす日本の歴史的立ち位置の捻じれについて・補遺

さて少し間が空いてしまったけれども、単純すぎるモデルのままあまりいつまでも放置しておくと、それしか考えていないみたいでバカに見えるから(笑)先を急ごう。



前回の「3極モデル」から支那をバッサリ省いてしまった理由の多くは、一言で言えば「支那を入れると途端に話がややこしくなるから」というだけのことである。左側のヤルタ会談当時の図もそうだし、右側の冷戦期の図のほうもそうだ。



ヤルタ会談に支那代表として出て来ていたのはもちろん蒋介石なのではあるが、蒋の重慶政府というのは当時支那に幾つもあった政権の一つに過ぎず、延安の毛沢東、南京の汪兆銘やらその他地方軍閥の類まで含めれば「政権」なんぞゴロゴロあったわけで、どれか一つでもって《「中華民国」なる国家》を代表させてしまうと大なり小なり無理がある。そもそもそれらを当時の東アジアの勢力の力関係の中での《極となるプレーヤー》の一人だったとまで見てしまうと買いかぶりすぎることになりそうだし、特に蒋介石の場合は単にのちに「支那代表」の座を毛沢東に掠め取られるだけでなく、支那を追われた後も台湾で中途半端に生き延びていたりするのでますます扱いに困る。




西欧の左翼というのは、スターリンが独ソ不可侵条約によってヒトラーと取り引きしたことでソ連に対する幻滅を味わっているせいもあって、戦前の時点で既に古色蒼然たるインターナショナル路線とは袂を分かっている。彼らの場合、その後はもっと社会民主主義っぽい方向に行ったり或いはグラムシみたいなのに飛びついたりしたわけだが、そういう意味での思想的な「ソ連離れ」が日本の左翼に於いては西欧に比べてずっと遅かった。彼らにとっての転機になったのは、フルシチョフによるスターリン批判だったり、東欧の民主化運動へのソ連の弾圧だったりした(註1)が、日本の左翼の場合そうやって「ソ連離れ」したあとに飛びついた先がそれまで以上にまずかった。



※註1:右側の図について私はこれまで大雑把に「冷戦期の」という言い方をして来たけれども、コミンテルン史観が戦後日本の左翼の間で支配的だった時代というのは、上述のような具合で本当は大東亜戦争後のかなり短い時期だけだということになる。


「ソ連型ではダメだ」となって以後の西欧の左翼が先進資本主義国らしい社会主義のあり方をもう一回ちゃんと考え直そうとする方向に行ったのに対して、日本の左翼の場合はどちらかというと逆にマルクス主義がもともと想定していた一直線的な社会発展モデル(最初に原始共産制があって、奴隷制やら封建制やらを経て最後に共産主義社会に到達するという例のやつ)から取りこぼされた部分をどうやって掬い上げるか、みたいな方向に一生懸命になりすぎてしまったきらいがある。そういうことになってしまう背景には、勿論日本自身の社会構造が西欧キリスト教圏のそれと違っているという問題が何より先にあった(例えば「明治維新はブルジョア革命と見做せるか」みたいな話を延々ああでもないこうでもないやった挙句に「天皇制ボナパルティズム」などという珍妙な造語が生まれたりするように)のだろうけれども、それとは別に、日本の周りに先進資本主義国が一つも無かった点を挙げないわけに行かないだろう。



日本で殊更「民族主義」などというと何やら街宣右翼めいて聞こえるが、左翼が民族主義と結び付く傾向自体は世界史的に見ても別に珍しい事ではない。もともと弱小民族による自決権闘争やら反植民地主義闘争というのは「帝国主義」の対外膨張政策を敵視しているという点に於いて左翼と親和性は高い。スターリンのもとでコミンテルンが階級的利益ではなく《ロシアという特定国家の利益》を守る目的の為に周辺の衛星国を将棋の駒のようにコキ使うだけの組織に堕落したことへの批判を経た後の左翼にとっては特にそうだ。



それでも、西欧というのはもともと自分たちだけで大きな一個の閉じた経済圏や文化圏を作っており、とりわけ第2次大戦後は旧植民地を(結果的には)どんどん切り捨てていく形になったので、左翼にしても基本的に自分たちの先進資本主義社会の中だけで話が完結するのだからある意味気楽なものである。翻って日本の場合となると、何しろ周りが後進国だらけなので国と国との関係は専ら「日本がひとりで周辺国を侵略し搾取している」ような──多分に史実に反する──絵になってしまいがちである。とりわけ大東亜戦争に敗れて以後の日本は曾ての欧米列強の分まで《汚れ役》を引き受けさせられてしまった。



もともと民族主義勢力であったものがやがてソ連型社会主義の一党独裁体制を便宜的・形式的に取り入れてゆく傾向は、20世紀の序盤から中盤の東アジアに於いて極めて顕著だった。その雛形となったのが支那である(そうした要素は既に孫文の時代の国民党にも濃厚にあった。それが所謂「農村型革命」として完成を見たのは毛沢東が共産党の主導権を握ってからであるが)。今でこそ「我が国の特色ある社会主義」だ「ウリ式社会主義」だなどと後進国がマルクス主義の真似事を始めると碌な事にならないのは誰しも知る所だが、左翼の忌み嫌ってやまない所のファシズムといい勝負の野蛮で非人間的なこうした政治体制に対して日本の左翼が無節操なまでに寛容であったことは、先ほど述べたような日本の道徳的な「負い目」と無縁ではないだろう。勿論、「負い目」といっても左翼の立場から見ればそれはあくまで民衆から切り離され遊離した《日本という国家》の「負い目」であって、それを論い糾弾することに彼らが一種のカタルシスを覚えるらしいことは、所謂「自虐」史観が本当は自虐でも何でもないというのと同じことであるが。



こうした理由で、「ソ連型ではダメだ」となった後の日本の左翼陣営の一角にとって、支那がまことに有難い思想上の拠り所だった時代があった(註2)。彼らの眼にはあの「文化大革命」までが民衆による下からの改革に映ったらしい。「文革」を手放しで賛美していた「進歩的知識人」などは掃いて捨てるほどいる。学校教育の現場も例外ではなかった。70年代くらいまでは歴史教科書にも「文革」礼賛の言説が幾らも見られたものである。今では彼らは一様に頬かむりを決め込んでいる。例の「従軍慰安婦」が教科書に登場する頃までには、「文革」のくだりは教科書からすっかり消えてしまったそうだ。



※註2:ついでにいうと、支那に於いて四人組が打倒され「文革」が一転して否定された後も長い間《ボロが出なかった》のが北朝鮮である。ちょうど西欧の左翼がユーゴスラビアのチトーをもてはやしたのと同じような調子で、日本ではホー・チミンや金日成が礼賛された。左翼が「民衆史観」に傾けば傾くほど、弱小国のカリスマ的独裁者が株を上げた。同じ独裁者でも反共の朴正熙などは散々だったが。



左翼の話が長くなりすぎた。戦後日本の親米「保守」陣営から見た支那の位置付けについても触れておかなくてはならない。



東欧の多くの国々とは異なり支那はソ連の衛星国とはならなかった。共産党内で頭角を現した後の毛沢東が主導権を握るに当たって「モスクワ派」の徹底的な粛清を行ったのは有名である。殊にソ連でのスターリン批判このかた支那はソ連とはまことに仲が悪く、イデオロギー上の路線対立のみならず実際に国境紛争まで起こすほどの軍事的緊張関係にあった。支那を「共産陣営」としてソ連と一括りにしてしまうのは無理である。支那は寧ろ米ソのイデオロギー対立の埒外にあった。



冷戦期に於ける支那は左翼にとってばかり便利な存在だったわけではなかった。支那の外交の巧みさは、「共産陣営の盟主」だったソ連と敵対関係にある自らの立場を逆に利用して、本来自国にとって敵である「米帝」に自らを高く売り込むのに成功した点である。その絵を描いたのがキッシンジャーと周恩来だった。対外的には非同盟主義を売り物に全方位外交を行い、国内的には徹底的な一国社会主義を実践し、核保有、蒋介石の「中華民国」から椅子を乗っ取る形での国連加盟・安保理常任理事国入りを果たした支那は、米支修交──日本にとっては寝耳に水の──によって米ソ両国と並ぶ国際政治の極としての地位を不動のものにした。日本の大衆がパンダちゃんに熱を上げていた頃には日支両国の力関係は既に逆転していた。



支那の発言力は改革開放路線による経済発展とソ連の崩壊を経た今日にあってますます鞏固である。日本の相対的没落はパンダちゃんのせいではなく、日米「同盟」だけを頼みにして来た日本の「保守」派の政治的怠慢にこそ責任がある。なるほど大東亜戦争後の占領統治によって日本人を物理的にも精神的にも武装解除したのはアメリカだし、朝鮮がキナ臭くなるや一転して日本に再軍備を命じ、しまいには「安保タダ乗り論」やら日米「同盟」の「双務性」やらを次々と言い出したのもまたアメリカではある。しかしそのことはアメリカ様の言い分に唯々諾々と従って来た日本の「保守」政治の責任を些かも減じない。なるほど日本は再軍備こそしたが、遠くイラクやゴラン高原まで兵を送らされながら拉致被害者救出すら行う力を持たない。全てはアメリカ様の御意向次第である。



なるほど国家の主権保全の根幹を他国に頼りひたすら経済建設に勤しむことができなかったら戦後日本の経済的再興が少なからず遅れたであろうことは一面では事実だろう。しかし現在の繁栄が今後も続く保証など何処にも無い。アメリカ様にくっついていればこの世は安泰という以上の立国理念を持たない「保守」こと親米派と、ただ念仏のように反戦平和・護憲を唱える左翼およびサヨクとは、このようなまことに危なっかしい繁栄にしがみ付いているという点に於いて同じ過ちを犯している。自主国防が無ければ自主外交もあり得ない。自前の軍事力に裏打ちされない「平和」外交から抜け出さぬ限り日本は永久に「世界の財布」に甘んじなくてはならない。


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by xrxkx | 2007-03-26 22:09 | 雑記
東京裁判史観がもたらす日本の歴史的立ち位置の捻じれについて

戦後「保守」を自称する親米派の歴史観が大東亜戦争終結を境に捻じれている、という点について、今まで慰安婦決議案の話の途中で何度か言及して来た。これについては以前から私の立場を一度まとめておいたほうがよいかも知れないと思っていたので、物凄く大雑把な図を何枚か描いてみた。



a0026107_22231589.gifこの場合、登場人物として最低限必要なのは日米ソの三国だけである。支那も朝鮮も、その他の「アジアの民衆」もここには出て来ない。特に支那が出て来ないのは大雑把過ぎるように見えるかも知れないが、このことについて触れだすと長くなりすぎるから、いずれ別エントリで詳しく触れることにして、ここでは戦前と戦後を通しての《日本の立ち位置》の大枠を示すにとどめる。



さて、この三者の関係だが、赤く塗ったのがヤルタ会談当時の「聯合国」であり、青く塗ったのが冷戦期から今日に至るまでの所謂日米「同盟」である。当然ながらアメリカはその両方に属している。何だかこうして見ると日本とソ連とでアメリカを奪い合っているように見える。



コミンテルン史観


a0026107_22234392.gif図(1)に於ける切り分け方を冷戦当時の左翼の眼で見るとどう見えるかを示したのが図(2)である。はじめに一つ注意しておくと、ここで謂う所の「左翼」からは、戦後の所謂新左翼や社会民主主義者、ユーロコミュニストなどは一応除外して戴きたい。彼らの立ち位置はまた違う。歴史的に左翼陣営というのは当世の日本の若い世代が一般に想像するような一枚岩ではなかった。無論、当世の日本のサヨクに至っては論外である。



白および灰色に塗った部分がそれぞれ「正」および「邪」とされることを表す。コミンテルン史観で言えばソ連は当然ながら戦前・戦後とも「正」である。この見方で行くと日本は戦前の「軍国主義」の時代も冷戦期の「米帝の走狗」の時代も一貫して「邪」ということになる。



さて戦前と戦後で色が違うのがアメリカである。ヤルタ会談当時のアメリカは「反軍国主義・反ファシスト」陣営の一員なので「正」である。一方で、冷戦期のアメリカは「帝国主義」陣営の一員(いや親玉か)なので「邪」である。日本の敗戦後、徳田球一だか宮本顕治だかがアメリカの占領軍を「解放軍」と呼んで万歳を叫んだそうだが、その彼らが同じアメリカの「帝国主義」を非難するのは、アメリカのその時々の立場をコミンテルン的立場からどう評価するかという《クレムリンの御都合》を反映しているに過ぎない。無論、実際にアメリカの対アジア政策が戦前と戦後とで本質的に何か変わったかといえばそんなことは全然無い。



GHQ史観


a0026107_22244042.gif同じ図(1)が人によってはこう見える、というのが図(3)である。三国の切り分け方は(2)と同じ。右半分の色の塗り方が図(2)と逆になっているだけである。ここではアメリカが一貫して白すなわち「正」になる。



この見方に立つ人々は、日本国内で「保守」派を自称する人々の中にも存外多い。戦前の日本は「軍国主義」だから「邪」、戦後の日本はアメリカと「自由と民主主義という価値観を共有」する「同盟国」なので「正」というわけだ。靖國問題を巡って、自称「保守」派の中からすら「A級戦犯」分祀論がしばしば出て来る所以である。



まとめ


図(2)および(3)の左側こそが、即ち世間でしばしば「東京裁判史観」と呼ばれるものである。一目で分かるように、この図の最も胡散臭い点は左側のソ連が白く塗られている点である。即ちあのスターリンを「民主主義」陣営の一員に加えている点である。



何せコミンテルン史観のほうはもともと共産党独裁の確信犯の立場から出て来るものだったわけだから、スターリンを「白」とすることの非を論ってみても無意味だろう。問題は「保守」派を自称する人々の中にも「東京裁判史観」を前提に日米関係を論じたがる者がゴマンといるという点である。



彼らの歴史観の中には「日本」が無い。少なくとも東アジアに於ける国際政治の極としての日本が無い。あるのは「アメリカにくっついている日本」と「そうでない日本」だけである。戦前の日本はアメリカ様に歯向かったから敗れた。戦後の日本はアメリカ様の「自由と民主主義」の信奉者であり続ける限り安泰である。それだけのことである。これの一体何処が「保守」なのか。



これも以前何度か触れたが、2005年のブッシュ演説に於ける「3つの誤り」批判──3つとも要は「独裁者との妥協」の誤りであるが──の3つのうちにヤルタ会談が含まれていたことの重大さは、まさにこの文脈で考えなくてはならない。スターリンのソ連を「白く塗った」ことがスターリン主義という怪物を肥え太らせ、結果としてあの東西冷戦をもたらしたという事実を、冷戦の生みの親の一人であるアメリカを代表して同国大統領自ら指摘したことの意義は大きい。日本はこうした動きにもっと敏感であるべきだった。戦後60年という節目の年に相応しい歴史観の転換を、日本人が自ら先頭に立ってやってのけるべきだった。当時の小泉総理にはその意志も才覚も無かった。



丸い地球を平らな紙の上に描こうとすると必ず何処かにその皺寄せを生じるのと同じように、現実には極めて多極的である筈の国際政治──上で見たような単純なモデルですら、東アジアだけで最低三極は必要──を強引に二極でとらえようとすると必ず何処かにほころびを生じる。上述の「白いスターリン」が象徴するのはまさにそうしたほころびである。これまで幾たびとなく触れた所の、第2次世界大戦を「民主主義のファシズムに対する戦い」と位置づける虚構は、まさにこのほころびを覆い隠すことによって、ソ連崩壊後十数年を経た現在もなお生き続けている。此処でいよいよ支那について触れなくてはならなくなる。(つづく)


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by xrxkx | 2007-03-19 22:26 | 雑記
天木直人「慰安婦問題を騒ぎ立てても日本は勝利しない」読後所感
(先に天木氏の件の文章からお読み下さい)

自ら官を辞し外交の現場を離れて久しい天木氏のことである。多少ヤキが回るのは致し方ない。が、上の文章から垣間見られる氏の人間像は、彼の思想信条への賛否以前に、人として憐れである。一つの憎悪で心が満たされると、人間というのはかくも堕ちるものか。



冒頭からして「慰安婦問題について私はこのブログで論ずるつもりはない。不毛な論争に時間を使いたくないからだ」である。おそらくこの問題の生い立ちのいかがわしさについては氏もよく分かっているのだろう。それは彼にとって「不毛な論争」に見えるらしい。さすがに「従軍慰安婦」だ「性奴隷」だといった《為にする造語》をこれ見よがしに用いてみせるのを避けるだけの節度と良心を氏が備えているらしいことは一つの救いではあるが。



周知の通り、天木氏は駐レバノン大使時代にアメリカによる対イラク戦に日本が加担することに断乎として異を唱え、遂には官を辞するに至った人物である。氏が当世の日本政府の対米盲従ぶりを批判するなら、即ち《アメリカ様の鶴の一声》に頭の上がらぬ日本であってはならぬと考えるなら、なおのこと彼は「グリーンなどという男が何を言おうが構わず、日本は自ら正義と信ずる所を堂々と貫くべきである。相手がアメリカであれ何処であれ不当な非難や要求に屈してはならない」と声を大にして主張すべきではないか。本来そういう人物なら、慰安婦問題という日本の国家および国民の名誉に関わる一大案件を「不毛な論争」の一言で放り捨てるような無責任な真似はできない筈である。氏は曾ての自らの進退を賭けた戦いの経歴に自ら泥を塗っている。



2004年秋の園遊会の折だったか、国歌・国旗の問題で「強制でないことが望ましい」なるご発言を今上帝がなさったというニュースが流れるや、ある特殊な政治的傾向を持った人々の多くが、都教委憎しの一念のあまり、本来忌み嫌って止まない筈の天皇のお言葉を錦の御旗の如くまつり上げ、鬼の首でも取ったように都教委をこき下ろしていた姿の浅ましさを思い起こされたい。今上帝のサイパン御幸の折も然り、かの「富田メモ」の折もまた然りだった。現在の天木氏の姿は彼らと瓜二つである。「日本の為政者たちが最大の味方であるとあがめ奉る『米国要人』」が「日本を擁護できない」と言っているぞ、ザマアミロ、という屈折した痛快の念以上の果たして何物を上の文章から読み取れるか。




日本の政治の中枢には「保守派」を自称するただの親米派があまりに多い。「保守」論壇に於いてもまた然り。誰とは言わぬが遊就館の展示物の「反米的記述」を改めさせたと自画自賛に明け暮れる輩などはその最たるものだろう。



何度でも言う。今回のアメリカの日本に対する振る舞いは日本の「同盟国」としてではなく戦勝国としての、或いは占領国としてのそれである。上の天木氏の文章が掲載されたのと同じ03/09付でシーファー駐日米大使が「河野官房長官談話から後退すれば破壊的な影響を与える」などと穏やかならぬ物言いで慰安婦問題に言及し、日本への内政干渉まがいの決議案を批判するどころか逆に自らも進んで内政干渉まがいの発言を重ねている事実に鑑みても明らかなように、今回の慰安婦決議案騒動は、単に支那・朝鮮移民のロビー活動にハイジャックされた一部の州に於ける議員らの利害の問題などに矮小化してとらえてよい問題では決してない。



もともと日本という国が真の意味での独立を回復するには、大東亜戦争を巡る歴史観の面に於いて占領国たるアメリカとの間で遅かれ早かれ決着をつけねばならなかったのである。そのチャンスは過去に幾らでもあった。その都度日本は決断を先送りして来た。今度という今度はそうは行くまい。濡れ衣を着せられた先人らの無念を雪ぎその名誉を取り戻す為に国を挙げて戦うか、無実の罪を甘んじて受け、ワシントン幕府の忠実なる御家人たり続けるか、途は二つに一つである。日本は東京裁判をもう一度やるくらいの覚悟で今回の騒動に臨まねばならぬ。ホンダ某らの動きの背景に支那およびそのオマケによる反日策動があろうが無かろうが、そんなものは今やついでの事である。



翻って我が天木氏の自らの祖国に対する観察眼は、それらから何からひっくるめ十把一絡げに「慰安婦問題で威勢のいい事を言っている右翼の連中」に見えるまでに曇ってしまったらしい。上のようなやり方では、上述のような親米派の対米盲従に対する氏の批判の質が問われることになるばかりである。



慰安婦問題で威勢のいい事を言っている右翼の連中は日本の国益を良く考えたほうがいい。日本の国内で、慰安婦問題に理解を示す政治家や識者を威勢良く罵倒する事は勝手である。しかし米国へ行って、米語で、奴らに同じ事を言ってみるがいい。勇ましい事を言ってみたらいい。勝ち目のない戦を米国に挑んだ日本は、その結果どうなったか。愚かな経験は一度だけでよい。慰安婦問題に限っては、私はマイケル・グリーンに賛同する。


「勝ち目の無い戦い」を挑むといわれて思い出すのが、2005年のあの馬鹿げた郵政解散/総選挙の折のことである。あのとき、小泉前総理と同じ選挙区から無所属で出馬し、徒手空拳で一騎討ちを挑んで敗れたもと外務官僚がいた。多くの場合──具体的には「日本はアメリカによる対イラク戦に加担すべきでなかった」という一点を除いては──そのもと外務官僚の政治的立場は私とはほぼ正反対であったし、そもそもそれ以前に郵政民営化やさらには国政全般に対する特筆に足る定見を彼が持っているようには私には思えなかったが、それでも私は彼の自らの所信に対する《筋の通し方》までを一笑に付す気にはなれなかった。寧ろそういう愚直さを私は愛する。彼が今何処で何をしているかはともあれ、彼が今も自ら信じる正義に殉じるだけの覚悟を持った《愚かな硬骨漢》であり続けていてくれることを願ってやまない。


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by xrxkx | 2007-03-15 23:46 | 雑記
大東亜戦争の大義と戦後日本の「平和主義」について

前回「大東亜戦争に於ける日本の大義」という言い方をしたけれども、これがまた誤解を招きかねない表現なので少し整理しておきたい。こういう場合の誤解というのは、的外れな反論も面倒だが、的外れな賛同はもっと困る。


先に言ってしまうと、私は何も大東亜戦争を「日本の正義の、米英なりもっと広い意味での聯合国なりの悪に対する戦い」だと言いたいわけではない。無論あの戦争を戦った一方の当事者にすればあの戦争はかなり本気で「暴支膺懲」の戦いだとか「鬼畜米英に対する聖戦」だったろうし、それが悪いとは微塵も思わないのだが、ただ、戦後60年も経った現代を生きる私たちがあの戦争を振り返り総括する際にそれ一辺倒で済ませてしまうというのは、それはそれでやはり理性の怠慢であって、あちらの世界の方々が「あの戦争は軍国主義の起こした侵略戦争でした、アジアの人々に多大な迷惑を掛けました、戦争は悲惨だからいけません、これからはデモクラシーの時代です、戦争抛棄で平和主義でいきませう」とか言っていた/いるのと同じくらい困ったものではある。


私が前回触れた意味での「大東亜戦争に於ける日本の大義」とは、一つには日本が対米開戦に追い込まれる経緯──あるいは支那事変も同じことかも知れないが──を巡っての「お前ら何を被害者ぶってるわけ?」という思いであったり、また「人道に対する罪だの平和に対する罪だのとお前らに言われる筋合いは無い。それを言うなら通州事件やら東京大空襲やら原爆投下やらシベリア抑留のほうはどうしてくれる」という思いであったり、ましてややってもいないことまでやったと言われてはたまらんという話であって、そこの所を東京裁判このかたことごとく誤魔化して済ませて来ているから今からでも正すべきは正せと言っているに過ぎない。GHQ史観の信奉者の目にはそういうのが「歴史修正主義」に見えるらしいが、言い分は勝者の側にばかりあるのではないことは、かのパール判事の例を見れば明らかである。それをケシカランと言うほうこそヒトラーも顔負けの "Macht ist Recht" というか「勝てば官軍」主義である。




「核兵器の登場によって正義の戦争というものはあり得なくなった」と言ったのは確か湯川秀樹だったか。無論彼の言わんとする所が分からぬわけではないが、ただ、核の出現以前か以後かに依らず、そもそも戦争というものを「正義の戦争」と「そうでない戦争」とに分けることに果たしてどれだけの意味があるかと私は寧ろ首を捻りたくなる。そこはまぁ、湯川ほどの知識人にすらこうした発言をさせるだけの時代の空気というものが、曾ての「一億総懺悔」の時代にはあったということかも知れない。ことほど然様に時代の空気というものは極から極へ振れ易い。


戦争は一種の必要悪である。人性というものを根こそぎ変えてしまうことでも出来ない限り戦争が世の中から消え去らないであろうことは、「世界で最も古い商売」たる売春が無くならないであろうこととよく似ている。戦争そのものを無くすことが事実上不可能だからこそ、それに一定のルールを設けタガを嵌めておくことで戦争のもたらすリスクを可能な限り小さく抑える努力を人類はして来た。勿論これは戦争そのものを未然に防ぐ努力とはまた別次元で論じられるべき問題である。


ところで日本国憲法の平和主義というのは、上述のところを見なかったことにし、「平和を愛する諸国民の公正と信義」なる虚構を設定した上に成り立っている。日頃「9条を世界へ」などと言っている人々は、「世界へ」という以上はおそらく所謂「一国平和主義」への批判的立場は踏まえている筈である。が、ではそういう人々が世界中のありとあらゆる戦争に分け隔て無く体を張って反対するだけの覚悟を持った上で「9条を世界へ」と呼ばわっているかというと、どう贔屓目に見てもそうは見えない事例が既に幾つも知られネット上にも流布しているのは周知の通りである。それは元をただせば彼らが実は「正義の戦争」というものの存在可能性を、もう少し控えめに言うならば戦争に於いて当事者のいずれか一方が他方に比べてより「正義」に近い位置にいるというようなことが起こり得る可能性を、意識的にかどうかは知らぬが心の何処かに想定してしまっているせいではないかという気がどうしてもしてしまうのである。国によっては「クリーンな核」なるものがあるらしいことを昔何処ぞの左翼政党が言っていたそうだが、そういうことを言い出す人々と所謂護憲派とで支持層がかなりの部分カブっているのも同じ理由ではないか。




そういえばつい先日も、とある米軍将校がイラクへの従軍を拒否したという記事を読んだ。大変な持ち上げようだが、それはまぁよい。この記事を書いた記者、どうも反戦運動か何かをやっている在米邦人らしいのだが、一方で


地元の peace actionでは、毎週土曜日にSTAMFORD(ママ)図書館の前で PEACE VIGIL をしています。もう、69週です。これからも戦争が続く限り、私たちも立ち続けます。

と言ったかと思うと同じ記事中で


もし、太平洋戦争で、日本の兵士が良心に従うことを許されていたら、あのような人道に対する犯罪を犯すことはなかったのではないでしょうか?

と言っているといった具合に、私にはこの記者氏が凡そ戦争というもの全てに反対しているのか、それとも戦争に於ける「人道に対する犯罪」なるものにのみ反対しているのかが何度読んでも分からぬのである。後者の場合、「人道に対する犯罪」無き戦争、謂わば「クリーンな人殺し」とでも呼ぶべきものの存在可能性を前提に話をしていることにならないか。そこの所の折り合いを反戦平和運動に携わる皆さんがどうやってつけているのか、誰か分かる人がいたら解説してほしいくらいである。


この記者氏の理解する所に従うなら、記事に出て来る日系米人将校が従軍拒否という挙に出た理由はあくまでこの将校があのイラク戦争を「国際法上違法」と考えているからに過ぎず、当然ながら彼が全ての戦争に斉しく反対しているわけではないだろう。そもそも全ての戦争に反対する人は職業軍人たる道を選ばないだろうし。


従ってこの将校の所信は次の2通りのいずれかしかあり得ない。即ち

  1. 「世の中には時として正義の戦争というものもあり得る。正義の戦争に於いては自分は戦うことを厭わない」

  2. 「世の中に正義の戦争というものは存在しない。全ての戦争は必要悪である。だがそれが《必要》悪である以上、必要とあれば自分は戦うことを厭わない」


上のいずれであったとしても世間の多くの反戦平和運動の主張する所とは相容れないように私には思えるが、どうなのだろう。もしも「いやそんなことはない、上のいずれであったにしても反戦平和とは矛盾しない」というのなら、今度は「ではあの日本国憲法9条は一体何なのだ。平和主義の立場からもあんなものは無用の長物ではないか」という話になりはせぬか。


というわけで、上の記者氏は今後も反戦平和運動を続けるなら件の米軍将校か護憲論の少なくともいずれか一方を捨てねば筋が通らぬ。記事中には護憲の「ご」の字も出て来ないようだから、きっと記者氏はバリバリの改憲派に違いない。なるほど改憲派の方が平和主義に近かったのか。ふー、安心した。



おまけ


読者には或いは私がここで直接何ら関係の無い2つの話をごちゃ混ぜに論じているように見えるかも知れません。


数年前、広島原爆慰霊碑事件というのがあったのを読者もご記憶のことでしょう。原爆を落とした側ではなく落とされた側が「あやまちは繰り返しませぬから」などと言い出す不思議さは、かの事件の犯人ならずともお感じになった方は多いかと思います。かの事件に象徴される戦後日本の「平和主義」の捻れというか自己矛盾というか場合によってはご都合主義的なものというか、これは前から気になっていることがらの一つではありました。


それを所謂「『自虐』史観」の為せる業と切り捨ててしまうのは容易ですが、そこをもう一歩奥まで腑分けして行くと、戦後「平和主義」がもつ一種の潔癖さ──必要悪としての戦争を頭の中から消してしまうという──の中から逆に架空の「正義の戦争」とでも呼ぶしかないものが出て来て、戦後「平和主義」的な目で見たときの東京裁判などは実はその一つの具象なのではないか、と考えてみると少しは分かる気がしたよ、というようなことを言いたかったのでした。おわり


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by xrxkx | 2007-02-21 00:29 | 雑記
「嫌韓というムーブメントは終焉する」・読後所感 2/2

「嫌韓」は収穫期を迎えている


承前。K3のエントリに戻る。これは新井さんの問題提起というより自問自答なのだろうけれども、


…結局、我々は選挙という手段によってしか事をなしえない。(中略)そのために一庶民がようやく手に入れた情報発信ツールで何をすればよいのか?淡々とその日思ったことを書き連ねる中で出る韓国や在日への不満。それをどうやって掬い上げ、集積させ、力とできるか?…

時代が一巡りしたということだろうか。初期の頃からのK3読者の方々のうち果たして何人がK3開設当時かかる問題提起のあろうことを予想し得たか。誰とは言わぬが厄介な男と厄介な時期に出会ってしまった(笑)ばかりに新井さんもとんだ重荷を背負い込んだものである。こればかりは何かの因果と思って諦めて戴くしかない。


閑話休題。一部メディアによって無理矢理仕立て上げられた「韓流」がそうである以上に、自生的に誕生した「嫌韓」もまた所詮は一過性のブームに過ぎない。ブームはいつか去る。それでよいと私は思う。去った後にそのブームが社会に如何なるコモンセンスを遺し得るかが重要である。


「韓流」が去り「嫌韓」が去るに伴い、それらと一定の距離を置いて来た人々まで含めて多くの大衆にとって韓国そのものは「嫌韓」以前とはまた違った意味に於いてではあれ「なるべくなら関わり合いになりたくない鬱陶しい存在」に戻って行くだろう。「まだ韓国なんか構っているのか。あんなのもう放っておけばいいのに」といった具合に。一見すれば「元の木阿弥」に見えるかも知れない。


が、「放っておく」わけに行かない部分は確実に残るだろう。竹島領有権問題然り、或いは靖國や慰安婦・教科書などまで含めた広い意味での歴史認識の問題にしても然り、更には日本の対北政策に対する韓国官民の敵対的行動然り、不法滞在韓国人による犯罪の問題然り、外国人参政権の問題然り、そして在日特権の問題もまた然り。その時、人々はもはやあの困った隣人たちを曾てのように腫れ物扱いはすまい。あらゆるまやかしは暴かれた。あとはそれをどれだけ多くの人々が知るかの問題に過ぎない。


これから暫くは「吐き出す時期」である。上は対日賠償請求の蒸し返しから下はパクリ商品の横行に至るまで、これまで蓄積された韓国に関する一切の事例を、単にネットの中だけに留めておかず紙媒体や電波などありとあらゆる手段を通じて可能な限り広範な大衆に浸透させることが肝要だ。近い将来、日本という国が上述のような諸問題にどう取り組んで行くべきかを改めて問われた際、それらの事例が人々の政治的行動を確実に一定の方向に押しやるだろう。そうなることを望まない勢力が「民族差別」だ「在日いじめ」だとお得意のレッテル貼りに血道をあげようにも、その「民族差別」なり「在日いじめ」なりの主と目されてきた人々は既にネットの海の底深くに帰って行った後である。あとに残されたマジョリティはあくまで目の前に突きつけられた事実のみを見て動く。



次に来るのは「嫌マス○ミ流」?


それはともかく、おそらく新井さんとしては輿論の「嫌韓」傾向が長い目で見て日本の政治に及ぼす効果のことはひとまず措いて、もう少し短期的なスパンで見て「嫌韓という資産」の運用を当面どうするかという問題を考えたかったのだろう。先ほどの問題提起の直後にこうある:


…それが実現した暁にはネットの意見を重要視する政治か(ママ)も出現するだろうから、今は過渡期なのかも知れない。 / だが、それまでに嫌韓という一種のムーブメントがどうなるか、という点に絞って考えると、…

同氏の見解では「嫌韓」は「サブカル的ポジション」に留まり「政治的行動に転嫁(ママ)することはないだろう」とのことだが、私は必ずしもそうは見ない。なるほど「サブカル的ポジション」といえば、前回のエントリの最後のほうで分類した(3)の人々などが現在既にそうで、その傾向の人々は(これまた誰とは言わぬが)今後ますます「ブラック小倉紀蔵」的な芸風(?)に磨きをかけて行くだろうけれども、「嫌韓」の政治的性格の部分はそれらサブカル的側面を離れ、場合によっては韓国そのものを殆どそっちのけにして一人歩きを始める可能性が高いと見る。


それ単独での存在意義の薄れた後の「嫌韓」が何処へ向かうか。私が思うに、おそらくはもっと大きな文脈の中での「メディアとの対峙」に回帰し収斂して行くだろう。それも意外に早い時期に。


周知のように、韓国ないし北まで含めての朝鮮一般を巡っては、メディアにとってこれまでタブーだった事項は殊の外多い。在日特権の問題にしても例外ではない。右を向けば解同との協調関係、ひいては人権擁護法案/条例との関わりがあり、片や左を向けば総聯の固定資産税減免問題や対北不正送金との関わりがあるといった具合に、その裾野は驚くほど広い。


これまた言い古された事だが、国内外からの如何なる圧力によるかを問わず、曾てメディアは自らに不都合な情報は国民大衆に「知らせない」ことができた。ネットの登場によってそれが不可能になった。曾て「国民の目」を自称し「権力を監視する」と嘯いたメディアが初めて自ら監視される側に回った。しかも彼らが忌み嫌って止まない権力によってではなく、彼らがそれと共にあると自称していた所の大衆によって、である。彼らは自らのコントロールの及ばない場所で輿論が生まれ一人歩きすることを極度に恐れている。昨今の「ネット右翼」叩きなどはその表れである。


余談だが、韓国のネットメディアはその言論の質に於いてお世辞にも褒められた代物ではないにも拘わらず、ただ保守三大紙など既存の「財閥系」メディアとの対決路線を貫いたことによってあれだけの隆盛を見た。オーマイニュースなどは良くも悪しくもその典型である。一方、同じオーマイでありながら、我が鳥越俊太郎のようなネットメディアの本分を見誤った輩が逆に既存メディアに歩調を合わせる形で2ch批判あるいは「匿名性」批判に血眼になっている姿は滑稽としか言いようが無い。彼らは日本に於ける所謂「市民参加型メディア」の可能性の芽を自ら徒に摘んだ。これら一連の出来事によって2chのような言論の最底辺は寧ろ自らの存在理由を再確認するだろう。それが日本にとって吉と出るか凶と出るかは私の知る所ではない。


話を戻すと、目下の一部既存メディアによる「ネット右翼」バッシングは今後ますます露骨さを増して行くだろう。それらメディアが上述の「匿名性」と並んで、或いはそれ以上に積極的に攻撃の矛先を向けるのが「ネットに蔓延するナショナリズム」とやらであることは明白である。それがますます「嫌韓」をメディアとの対決の方向に駆り立てるだろう。その都度双方によって肴にされる韓国こそいい面の皮ではあるが、元はといえば自業自得である。


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by xrxkx | 2007-02-17 00:57 | 雑記
「嫌韓というムーブメントは終焉する」・読後所感 1/2

※本エントリは、もともとは先日読んだ「コリアン・ザ・サード」改め "Korean the 3rd" (以下K3)の「嫌韓というムーブメントは終焉する」の所感のつもりで自分用のメモとして書き出した物です(文体が「です・ます」になっていないのはその故です。悪しからず)。この点についてはかねてよりいろいろ思う所あったため、加筆に加筆を重ねるうちに話があちこち脱線だらけになってしまいました。長くなりすぎたので2回に分けます。



はじめに


「そろそろ嫌韓というムーブメントの行く末を案じる時に来ているような気がする」というのは全くその通りだろう。寧ろ今までその「嫌韓というムーブメント」の中からそうした声がなかなか出て来なかったのが不思議なくらいだ。無論、「嫌韓ムードが日韓間の友好関係構築に水を差すから」などという薄ら寒い理由ではない。いつまで「嫌韓」ばかりやっていてもそこにとどまっていては先が無いことくらい当初から分かり切っていた筈だからである。


私自身、支那・朝鮮関連の報道記事は今でも目を通すが、自分でblogに半島ネタを書くというのは、ご覧の通り卵子売買から黄禹錫の論文捏造に至る一連の騒ぎを追っかけていた頃以来長いことやっていない。、どちらかというと、「飽きた」というよりは「支那・朝鮮そのものについてはもう言うべき事はあらかた言ってしまった」という気がしたからである。無論新しいネタは日々数限りなく供給され続けているのだからそれを元に従来どおりの切り口で書こうと思えば幾らでも書けるだろうが、書き手としてはそんな事ばかりしていても消耗感が募るばかりだ。書くならもっと日本という国にとって大事な事を書きたい。その「大事な事」が私のような一介の技術屋の手に余るからなかなか書けないだけである。


ついでに言えば、特亜ヲチ系blogの書籍化が商業ベースに乗るご時世──良し悪しはさておき──にあって、単にそれらの一翼と思われるのはゴメンだ、という思いも率直なところ無くはなかった。特に「嫌韓」の「嫌」が嫌だった(もっとも「私は嫌韓」と自ら称する人はあまりいないと思うが)。言い換えるなら、やれ韓国は反日だから懲らしめてやれだの、台湾は親日だから仲良くしろだのといった小学生の交友関係みたいなノリで国家間の関係を語りたがる薄っぺらさが鼻持ちならなかった。念の為書いておくがこれは「反日だからといって毛嫌いしないで仲良くやっていく方法を模索すべきです」とかいった意味では更々ない。乱暴な言い方をすれば、「反日のままで別に構わないではないか、『利日』にさえしてしまえれば」というような意味である。



「嫌韓」は何故終わるか


私自身のことはこれくらいにして、上のK3のエントリでは、「嫌韓というムーブメント」の終焉の動機として新井さんは次の点を指摘している:


…そもそも日本人自体がムーブメントというものに乗せられ易いという面もあるんじゃないかと思う。 基本的に不正というものに対して敏感なのが日本人なのかな、と思いながらも、喉元を通り過ぎれば過去のものとして割り切ってしまうような、悪く言えばもう関係無いや的振る舞いをしてしまうのも、また日本人の性質のように感じられる。熱しやすく冷めやすいというか。…

あくまで私の想像の域を出ないが、こと韓国に関する限り、少なからぬ日本人が単に「飽きた」というよりは「もうウンザリ」というか「お腹いっぱい」というか、いずれにせよ「まともなパートナーとして付き合っていくのは無理」という諦めに近い感触を共有するところまで来ているのではないか。韓国──あるいは北朝鮮にしてもそうだが──の対日要求の支離滅裂さなり、政府内外の韓国人集団の政治的言動のお粗末さなり、市井の韓国国民がしばしば見せる非文明的な言動なり、そういった夥しい事例がネット上に蓄積され共有されていったことが、えてして喧伝されがちな「近くて遠い国から近くて近い国へ」式の美辞麗句の虚構性についての社会通念を形成してゆく上で一定の成果を挙げたことは、もっと高く評価されてよいだろう。今や、日本にあって無邪気にも「韓国が好き」などと手放しで言い切れるのは、かの国の料理と芸能しか知らないミーハーだけである。逆に、極論すればこれを為し得た時点で所謂「嫌韓」はその役目を終えたのだと思う。


皮肉なことに、これら一連の過程に於いてすら、当の韓国は徹頭徹尾脇役であり続けた。彼らの為す所とは即ち「知れば知るほど嫌いになる国」という当たり役を素のままで演じ切ることでしかなかった。何故なら、夙に言われ続けて来たように、日本の「嫌韓」大衆の多くにとってより重大な関心事は、これまで韓国に関するネガティブな報道を手控えて来た他ならぬ日本国内メディアの姿勢だったからである。「ありのまま」の韓国報道を求めるそうした大衆の欲求の変化を、メディアももはや無視し得ないところまで来ている。間もなく竹島の日がやって来るが、竹島の日条例成立当時の関連報道などはその見本だった。ニュースやワイドショーなどでコメンテーターが李承晩ライン以来の韓国側のやり口を真正面から非難する場面など、10年前にどれだけお目に掛かれただろう。


所詮商業メディアは大衆のニーズには勝てない(逆に言えばこれは公共放送たるNHKが国内外の反日勢力のターゲットにされ易い所以でもあるが)。メディアがどれだけ「韓流ブーム」なるものをでっち上げてみたところで、それこそ「熱し易く冷め易い」大衆に飽きられればそれで終わりである。「韓流」が去れば「嫌韓流」も去る。「嫌韓」とは畢竟そうした日本メディアの歪んだ韓国観の鏡像に過ぎないからだ(老婆心ながら所謂「嫌嫌韓」な人々はこの事を肝に銘じておいたほうが良い)。



「嫌韓」は自律的発展をしない


ところで、しばしば世間で十把一絡げに「嫌韓」と称される潮流には、ごく大雑把に分けて以下の3つの傾向──段階と呼んでよいかどうか──がある:


  1. 2chなどで謂う所の「嫌韓厨」。この傾向の人々はニュースやスポーツ中継などを通じて得た「韓国ウザイ」程度の認識しか持っておらず、韓国人とはどういう生き物であるかについての知識ないし「経験値」が総じて不足している。が、さればこそ韓国ないし韓国人(在日含む)に関する日本国内の報じ方の異常さに対する反応は際立ってナイーブかつ尖鋭であり、またその点に関する限り彼らの批判の概要自体はあながち的外れでないことが多い。

  2. 「戦闘的対話」路線。この傾向の人々は、基本的には「日韓関係の現状打破には個人レベルでの対話による相互理解の積み重ねが重要」だと考えている。が、韓国人の主張の論理破綻・情緒先行・虫の良さに対しては一切のトレランスを示さないという只一点に於いて、若宮啓文的思考と決定的な一線を画している。

  3. 「生態観察」路線。この傾向の人々は韓国人をそもそも対等の対話相手と見做さず、従って日韓間の相互理解なるものの必要性もさほど認めておらず、もしくは相互理解などとうの昔に諦めている。但し、「韓国という国への向き合い方・対処の仕方」を考える上で韓国人独特の思考様式・習性を知悉しておくことが不可欠だと考える傾向は(2)の「戦闘的対話」路線の人々に劣らず強く、従ってそうした基本的素養を欠いた「食わず嫌い」に対しては冷淡。ついでにいうと、韓国人のものの考え方を読み解く上で欠かせない「ウリ」とか「恨」とかの概念についてある程度以上まとまった正確な理解を持つに至っているのはこの傾向の人々だけである。

無論これらは大まかな傾向を示したに過ぎず、またこれら3者の間に明快なボーダーラインがあるわけでもないが、「嫌韓」なる現象を外から眺めた場合に最も目に留まり易いのが(1)であるのは言うまでも無い。昨年あたりから俄かに活発になり出した一部既存メディアによる「ネット右翼」バッシングに於いて槍玉に挙がり易いのも(1)である。実際彼らの場合もともと大した理論武装をしているわけでもないから、直情径行型・脊髄反射型の言動や基本的な事実誤認も多く、従ってこれだけでは言論の質に於いて韓国側と大差無い。これが(2)や(3)になると本人たちは必ずしも韓国及び韓国人を「嫌って」おらず、従ってこういう傾向を「嫌韓」に含めるのは厳密には誤りである。


ここで、「知れば知るほど嫌いになる国」の困った点は、幾ら「知って」もそれだけでは(1)が(2)や(3)に発展して行くことは稀だという点だ。前述のように多くの人々はある程度「知った」時点で「お腹いっぱい」になってしまい、その先が続かないからである。「ありのままの韓国」には「致死量」がある。


こうして多くの人々が「やれやれ呆れた国だね韓国は」という段階で思考停止してしまうに至る。これに対する「嫌嫌韓」サイドからのカウンターアタックはどうかと言えば、旧態依然「日本の軍国主義がアジアの人々に与えた精神的苦痛」とやらを引っ張り出して来て日本人に一方的なトレランスを求めるに留まっていたり、そうかと思えば日韓双方の留学生や一部在日などによく見られるように「等身大の韓国人像」論もしくは「裸の付き合い」論とでも呼ぶべきものに逃げ込んでしまい、肝心の「個別に見れば必ずしも悪い人ばかりでない韓国人が集団を成したときに何故ああいう異常な群集が出来上がるのか」という点については一貫して言及を避け続ける、といった例が殆どである。これでは両者の主張が平行線を辿るのも無理は無い。かかる事態は「嫌韓」及び「嫌嫌韓」いずれの側にとっても斉しく好ましからぬ事態に違いない。


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by xrxkx | 2007-02-16 02:31 | 雑記
【WBC】日本の優勝に一番花を添えてくれたのは実はボブだったんじゃないかという気がする件

納得行かないジャッジはあったわけだけれども、それを甘んじて受け入れた上でニッポンは世界一になったのだからヨシとしよう。東京裁判もかくありたいものだと思った。「不当であり無効ニダ」とか言っていては一流にはなれんのだなぁ結局。


試合運びの詳細はこちらを御参照あれ。まぁ正直言ってあのキューバに勝てるとは思ってなかった。本当にめでたい。



東京大空襲の日以来あれこれ思うところがあり、其処へまた岩国の件などが重なったりして心中鬱勃たるものが澱のように溜まってしまい、恒例の「書けない病」に陥っていたのですが、久々におめでたい気分の♪すいか泥棒は飲み慣れないお酒を少し飲んでアタマがヘンです ヽ(゚∀゚〃)ノ~♪



どうでもいいこと



  • 王監督の髪の毛が薄くなっていてびっくりした。まぁ、私が物心付いた頃には既に伝説の人だったのだから無理も無いけれど。


    あと、試合の合間々々に流れるCMにも王さん出てたけれど、相変わらず演技が出来ない人だなぁ。こちらの方は「♪ぷーれぇーとー蹴ーってー 投ーげ込ーむぼーぉーるー」の頃からあまり進歩してないみたいだ(笑)。そもそもこういう劇的な人生の主に「演技」をさせる必要があるのかどうか。


  • 逆に選手の方には髪の毛多すぎの人が何人かいたようで。別に「スポーツマンたるもの云々」とかいう野暮な話をしたいのではなく、本人たちがアレを気に入ってるなら好きにすればいいけれど、見ていて「スポーツ関係無しに普通にアカヌケナイぞコレは」と思うのもこちらの勝手。

  • 私はイチローが左打者であることすら今日になるまで知らなかったくらいプロ野球には疎いのだけれど、今日見たイチローの印象は ずっと前にCMだか何かで見た時の「いまふうの小僧」とは歴然と違って、すっかり「立派なスポーツマン」になっていてびっくりした。試合後の写真撮影か何かの時に相手チームの選手と肩を組んで談笑しているシーンは衒いが無くて好感が持てました。とてもああは行かなかったであろう何処かの国との対戦を準決勝のうちに済ませてしまってよかったよ。



そういえばそんな国もあったんだった


忘れるところだった(笑)。もとい、忘れておけばよいのに思い出してしまった。たしか「相手が日本なら100回やっても負けない」とか言っていたのでしたっけ?





竹島の件で国際司法裁判所に出て来ないのも「ルールが間違っている」せいなのでしょうねぇきっと。


あと、2番目のノーカットニュースの方には「キューバは準決勝の対ドミニカ戦で手持ちの投手陣を使い果たしてしまっており云々」というお約束のくだりがありますが、準決勝までで消耗してるのは日本も同じじゃないの? そうでないなら何処かの国は「戦力を温存したままの日本」に準決勝で6-0で負けたことになるわけで一層立場無しだな。まぁいいや。


その辺のネタは他にもコレでもかというくらいあるらしいのでこの辺を御参考に。ああいうスポーツマンたる資格のない民族のことをわざわざ思い出して折角の高揚感を台無しにしたくないので今回はこの辺で。



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by xrxkx | 2006-03-21 23:05 | 雑記
【業務連絡】引っ越し検討中です
一昨年から使い続けているExcite blogですが,何かと不自由が多く 前々から引っ越したいなとは思っています.現時点で目をつけているのが

http://d.hatena.ne.jp/SuikaDorobo/

ここです.先日一通り組んでみて,今のところはこちらに書いたエントリの写しをそのまま載せています.

あちらのほうがExciteよりは原稿書きが遥かにラクだし融通も利くので 出来れば本格的に引っ越したいのですが,あちらはあちらで「サーバの応答が重い」とか「日本語以外の言語を使うとブラウザによっては文字化けする」とかいった不都合があるかも知れず 二の足を踏んでいます.

暫く試験的に公開し,問題が無ければ引っ越したいと思います.以上取り急ぎご連絡まで.
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by xrxkx | 2006-02-08 13:22 | 雑記
【おしらせ】「はてなリング」作ってみた

「裏」で使っている「はてな」で,昨日からはてなリングなるものを始めたので,
面白そうだから私も一個作ってみました
作ったばかりなので まだメンバーが私一人しかいません ;_;
当blogにlinkを張って下さっている方,
或いは当blogを長いこと読みに来て下さっていらっしゃる読者の方にも
御自分でもblogをお持ちの方は多いと思いますので是非御参加を.
(といっても某STOP THE ナントカみたいな高邁な理念を掲げる(大嗤)とか何とかではなくて,
単にblog間相互の風通しが多少よくなればというだけしか考えていませんが.
或いはお歳暮拡販とかに使ってくれてもよいし :D )


横にちゃんとしたバナーを貼りたいけれど,exblogはJavaScriptが使えないからタグを手書きするしかないや….


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by xrxkx | 2005-11-09 20:51 | 雑記
Re: 韓国語学習経験がある日本人に質問です
たまには遊び. つい昨日feedが上がって来ていた(ping打ち直したのかな)ので気付いたけれど,記事そのものは結構前のですね.
1 お名前(HN)は?
すいか泥棒

2 お年は? もしよろしければ。
永遠の18歳♪                T-T

3 韓国に興味・関わりをもつきっかけは?
もともとパンソリが好きでラジオをよく聴いていたこと

4 それはいつですか?
ハゲの人が大統領だった頃

5 初めて韓国に行ったのはいつですか?
KALのトランジットでしか立ち寄ったこと無いです.たぶん今後も無いのでは.

6 これまでの韓国渡航歴は?
同上

7 韓国語の勉強はどのくらいの期間しましたか?
曲がりなりにも勉強していたと呼べるのは 半年くらいかな….

8 韓国語の実力はどれくらいですか?
新聞記事・論説の類は全く苦労しない.これが小説や随筆になると,辞書なしだとややキツイ.詩に至っては絶望的.
なのに,ネット上で韓国人と論争するとき,こちらが日本人だと名乗るまで相手は私のことを日本人だと気付かないのが普通(こういうところが韓国人はユルいと いつも思う).
ちなみに検定試験の類は一切受けたことなし.

9 「どうして韓国語なんて勉強しているの(したの)?」とよく人に聞かれませんか?
以前はよくありました.
訊かれているうちが花だという説も.なまじ「あぁ最近ブームだしね」とか言われても 却って薄ら寒い.それ以上にチャンチャラ可笑しいのは,韓国語をかじっただけで日韓双方から在日と間違われること.

10 よく聞かれる方、何と答えていますか?
面倒なので「単なる暇潰し」と答えることにしています.
「怖い物見たさ」と答えておけばよかった.

11 韓国語上達にはこれがもっとも効果的、と思うのは何ですか?
拉致されればイヤでも話せるようになる

12 正直、「韓国語じゃなくて他の外国語勉強したほうがよかったなぁ…」と思ったことがありますか?
いや別に言語なんてどれか1つしか勉強してはいけないということも無いのだし….
それに元々何かの役に立てようと思って勉強したわけでもないので.

13 今のお仕事は、韓国(語)に関係するものですか?
あり得ない

14 「韓国語勉強して(理解できて)よかったなあ」と思うのはどんな時?
所謂「嘘を嘘と見抜く」道具が一つ増えた

15 現地の韓国・韓国人を見た第一印象は?
二足歩行して言葉らしきものを喋る生き物を何でもかんでも自分と同じ人間だと思ってはいけないと悟った

16 韓国にあって日本にないもので、これは日本にもほしいと思うものは?
国家保安法と徴兵制

17 日本にあって韓国にないもので、これは韓国にもほしいと思うものは?
ノーベル賞.平和賞以外で.大江健三郎あたりを賞ごとくれてやってよいのでは

18 韓国(語)を知る前と、今との印象は変わりましたか? 変わったならどのように?
少なくとも異国への憧れみたいな面は木っ端微塵に消し飛んだ

19 韓国留学(居住)経験はありますか?
無いです

20 経験のある方、どこの都市にいましたか(いますか)?
(なし)

21 韓国内で好きな都市、または観光地はどこですか?
(なし)

22 韓国に永住することになってもOKですか?
それは私に死ねと言うに等しい

23 韓国で、「これが快適!」と思うのは何ですか?
(なし)

24 韓国で、「これが最悪!」と思うのは何ですか?
(なし)

25 韓国(人)の好きなところは?
物怖じしない点 (以下,「韓国人」に関しては在日を除く)

26 韓国(人)の嫌いなところは?
「親しき仲に礼儀なし」な点.少し打ち解けて来ると途端に図々しくなる

27 韓国人の異性と付き合った経験はありますか?
ぶるぶるぶる

28 日本人の異性とどんな点が違いますか?
よく言えば強くあろうとしたがる.悪く言えば「いいふりこき」

29 今の韓国ブームをどう思いますか?
はしかのようなもの.良くも悪くも日本人は「免疫」が無さすぎた

30 韓国と日本の関係って、どんなのがもっとも理想的な形だと思いますか?
関係を持たないに越したことは無い.実際そうも行かないから困っている

31 韓国料理でいちばん好きなのは何ですか?
自分から進んでは食べない.昨年の生ゴミ餃子の一件以来一度も食べていません

32 韓国料理でこれは無理! と思うのは何ですか?
補身湯とさなぎ以外は食べられないということも無いとは思うけれど.
あと何だったかな,あの臭い魚

33 韓国でいちばん美味しかったお店を教えてください。
行かない

34 韓国の音楽や映画は好きですか?
民謡なら.映画はそもそも見ないので….

35 お好きと答えた方、お気に入りの歌手や映画などありましたら教えてください。
「お好き」と答えなかったけれど,気に入っているのは むかーしNaverで見た羅勲児のGIFアニメ.2コマしか無くて カクカクとあやしげな動きをするやつ.

36 南北統一って本当にできると思いますか?
当事者同士に任せているうちは無理.最低でもアメリカによる対北武力行使と,支那の政情の適度な不安定化が必要.

37 韓国人の思考でもっとも「ついていけない!」と思うのは何ですか?
思い込みだけで物を言いすぎる.

38 韓国に見習うところがあるとすれば何ですか?
手数・口数の多さ.外交面で.

39 韓国はあなたにとってどんな国ですか?
今後10年くらいのスパンで見た場合の,最も手頃な仮想敵国
(註:支那は「仮想」ではなくリアル敵国なので.なお北朝鮮についてはそもそも国と数えない)

40 あなたが経験した最強の「ウリナラ」っぽいエピソードは?
某D社のblogに「親日派狩り」関連の記事を書いたら,翌日 管理者の足跡だらけになっていた.

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by xrxkx | 2005-10-23 11:50 | 雑記