カテゴリ:◆ 池萬元 慰安婦発言( 8 )
池萬元氏への質問状
 以下は,池萬元(チ・マンウォン)氏のwebサイト「System Club」の「ネティズン寄稿」という掲示板に 私が今朝投稿した質問状の和訳です.

慰安婦問題関連:池萬元所長への公開質問状
敬愛する池萬元所長,

 さる04/13から04/15まで4回にわたって掲載された「慰安婦問題を解剖する」シリーズを大変興味深く拝読いたしました.韓国でこれまで正確な理解がなされていなかった「慰安婦」と「挺身隊」の違い,また当時の朝鮮人女性らが慰安婦となる過程に於ける「強制性」の有無についての問題提起などの面で,韓国国内で発表される意見としては非常に注目すべき内容だと思います.
 今日はその文章中で感じた若干の疑問点について質問させていただきたいと思います.

1. 日 法廷 2004/11/29 判決について
 池萬元所長が掲載なさった文章には「沈美子(シム・ミジャ)おばあさんは2004年11月29日,日本の大法院で本物の「日本軍慰安婦」だという判決を受けた方である」という趣旨の記述が何度も現れますが,所長は2004/11/29に日本の最高裁判所が下した判決文を確認してご覧になったのかについてお答え戴きたく存じます.
http://www.zephyr.dti.ne.jp/~kj8899/saikousai.ju.html
この頁にその判決当時の様子や判決文全文(韓国語でも読める),および関連報道記事が掲載されていますが,沈美子氏も傍聴席にいたという この最高裁判決は,大法廷ではなく第2小法廷で下されたものである上に,沈氏らが「本物の日本軍慰安婦」と認められるどころか原告(慰安婦など)側の上告が棄却され,原告側の敗訴が確定したものとのことです.


2. 沈美子氏が日本政府から受け取ったという手紙について
 Vol.4に於いて池萬元所長は沈美子氏が日本政府から受け取ったという手紙について言及なさっていますが,所長はこの手紙を直接ご覧になったのかについてお答え戴きたいと存じます.
 もしそうなら,これと併せ その手紙に如何なる人物が日本政府を代表して署名していたのかについても明らかにして戴きたく存じます.


3. 沈美子氏の日本行きの経緯について
 Vol.2で紹介されている沈美子氏のインタビュー中,彼女が日本に渡るに到る過程で「日本軍または政府による強制連行の事実」があったことを証明し得る論拠が全く提示されていないように思えます.
 この「強制連行の事実」の有無は慰安婦問題において最も重要な論点であるにも拘らず,これについて全く言及が無いという点について,池萬元所長はどのようにお考えであるか明らかにして戴きたいと存じます.


4. 沈美子氏が当時居住していた地域について
 Vol.2で紹介されている沈美子氏の証言の中で「独立軍」が日本に訪ねて来た時の経験について言及していることから見て,彼女は「日本軍慰安婦」として「日本に住んでいた」と主張しているように思えます.
 しかし,元来「慰安婦」とは日本軍が国外の駐屯地に設けた「慰安所」と呼ばれる施設で働いていた女たちを指す言葉で,日本の内地で憲兵隊長の愛人として生活していたのならば彼女は本来「慰安婦」の定義そのものに該当しなかったはずですが,この点についての池萬元所長の見解を伺いたいと存じます.


5. 沈美子氏の過去の証言の経歴について
 沈美子氏は一連の慰安婦裁判により日本でもかなり有名な人物です.彼女の名は
  1. 「アジア太平洋戦争韓国人犠牲者補償請求事件」訴状(1991年12月6日 提訴)
  2. 「日本の戦後責任をハッキリさせる会」が1992年6月に刊行した「ハッキリ通信」第3号に見られる聞き取り(調査日付: 1992年2月16--17, 3月9--10日)
  3. 伊藤孝司 編著「<証言>従軍慰安婦 - 女子勤労挺身隊」(風媒社,1992)に見られる証言
の中にも見出すことができます.ところが
  • 挺対協と挺身隊研究会が1993年2月に合同で刊行した「強制で連れて行かれた朝鮮人軍慰安婦たち 証言集 1」
に於いては 沈氏の証言は採用されなかったといいます.これに関連して,その「証言集」は次のように説明しているといいます.
「調査結果において自分の経験を語りたがらない人,証言がそのたびごとにひどくくいちがったり,話の前後があわず,調査が難しい人たちを除いていきながら,最終的に調査を完成させたのがこの本に記載された19人の証言である」(p. 22)
「調査者たちを困らせたのは,証言者が意図的に事実を歪曲していると思われるケースだった」(p. 7)
池萬元所長がVol.4に於いてご指摘の「挺対協と沈おばあさんは敵対関係にある」という事実に鑑み,この点をどう分析すべきか,所長の見解を明らかにして戴ければと存じます.

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 私の質問は以上の5つです.何かとお忙しいこととは存じますが,ぜひとも納得の行くお答えを戴きたく存じます.
 最後に,本質問状は私のblogに於いても既に公開されているものであることをお知らせ申し上げます.
 有難うございます

2005/04/18 すいか泥棒 拝


原文はこちら
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by xrxkx | 2005-04-18 09:52 | ◆ 池萬元 慰安婦発言
池萬元 慰安婦発言・補遺
 一連の池萬元(チ・マンウォン)慰安婦シリーズの完結編です.このシリーズだけで「親日派狩り」から独立させることにしました.
(但し 彼のwebサイトには これらの他に 今回の記事掲載を受けて騒ぎ出した韓国メディアへの反論やら,どちらかというと池氏に賛同する内容の新聞記事の控えやらといった《番外編》が幾つか載っています)
 さて,これで本編を一通り訳し終えましたので,諸々の所感は後回しにして 今から池氏への公開質問状の作成に取り掛かります.
 おそらくまだ続きがあるでしょう.ともあれ ここまで全編通してお読み戴いた皆様,お疲れ様です.

慰安婦問題を解剖する (補強) ─System Club, 2005/04/15
沈美子,大韓民国最高勲章を受けるべきだ!
 33人のムクゲおばあさん会の沈美子会長は,国家も勝ち得なかった戦いに於いて日本に勝った人間勝利者である.日本は「太平洋戦争当時 韓国の処女を強制拉致したことは無い」と主張して来た.これに対し,韓国政府や国民はそうした事実があると主張して来た.しかし,韓国政府や国民の誰も日本の主張を事実に立脚して打ち破ることが出来ないまま口論ばかりを行なっていた.
 しかし!ただ一人,沈美子会長だけが日本の主張を覆した.日本の法院が彼女を「日本によって強制拉致された処女」とする判決を下し,日本政府がおばあさんに動揺の趣旨の手紙まで送ったのである.これにより,日本は従来否定して来た「強制拉致」の事実を認めざるを得なくなった.このことは大韓民国の勝利であり,歴史に残るべき大記録なのである.
 彼女は大韓民国の全ての国民から拍手を受けるべきである.大統領は彼女に大韓民国最高の勲章を与えるべきである.しかし今日(2005年4月15日)再び行なわれたインタビューで彼女は挺対協から「気違い女」(訳註:原文では「미친년」)なる侮辱を受けたという.挺対協と沈おばあさんは敵対関係にあるのである.大韓民国の前に日本を屈服させた このおばあさんに勲章を薦めるどころか,挺対協は何故このおばあさんを気違い女と呼んで白眼視するのか? その勝利が挺対協には何故不服なのか?

彼女の功労は何故偉大なのか?
 韓国政府に登録されている128名の「慰安婦」たちは,どのような過程を経て慰安婦として登録されたのか? 自らが慰安婦だったことを証明する資料は誰にも無いという.単にインタビューを通じ情況的判断によって登録されたという.こうした証明方法が日本でも通じるだろうか? 絶対に否である.ならば沈美子会長はどのような方法で日本の法廷でこれを証明したのか? 日本人弁護士らが沈美子会長の記憶を記録し,その記録によって現地を訪問もし,軍隊の資料を探し出して裏付けを行なったのだ.
 例えば,沈美子会長が最初に日本に拉致されて行った時,その部隊名が大阪にある「キク部隊」「ダイス部隊」「ネイス部隊」だったという.当時その地域に葦が生い茂っていたことや,川や海がどのような様子だったかを口述すると,日本の弁護士らが当時そこに住んでいた老人たちを訪ねて当時の地形に合っているかを確認し,軍隊資料を探してそういう部隊が当時その地域のどこにあったかを確認してあげた.彼女が6年間通った場所を全て探して事実かどうかを確認し,当時の日本軍の資料を探して確認する作業を行なったのである.沈会長の勝利はこうした方法によって成し遂げられたのだ.
 沈会長の勝利を可能にした人々は韓国人か,日本人か? 日本人たちだった.日本の弁護士たちが実に14年にわたって(訳註:14年にわたる上述のような作業の結果,の意だろう)沈会長に勝利をもたらしたのである.沈会長が日本に行けば,弁護士たちが車で空港に出迎え,それ以後の全ての費用を日本人たちが負担した.日本人たちがこうした努力を提供している間,韓国では何をしていたのか? 誰も彼女を助けなかった.慰安婦を受け止める趣旨で生まれた「挺対協」は何をしていたのか? 彼女を狂女と読んで彼女との感情の争いをしていたのだ.

沈会長をこうして心から助けた日本人弁護士たちは何故日本を沈会長という一介の韓国人のおばあさんの前に膝を屈せしめたのか?
 日本と聞けば何でも憎む韓国人たちには到底理解できないだろう.
 筆者を「乙巳五賊」(訳註:1905年 第2次日韓協約調印を進めた韓国側代表ら)とまで罵るメディアがある.日本のメディアが韓国メディアと同様だったなら,沈会長を助けた6名の弁護士らはそれこそ「日本を裏切った売国奴」だとしてあらゆる類の石を投げただろう(訳註:日本メディアがその弁護士らを中傷・攻撃したに違いない,の意).しかし,その弁護士らは日本人たちから真実の人として喝采を浴びたという.
 1961年の一年間に慰安婦として登録されたおばあさんは61名,そこで沈会長は会長に選出された.彼女は全国に散在する60名を一人一人訪ねて回り,話を聞いて記録を取ったという.61名中の80%は貧しさ故に自ら体を売った「従軍慰安婦」で,20%ほどが抑鬱の閨秀「日本軍慰安婦」だったという.80:20という統計(訳註:「慰安婦問題を解剖する(上)」に登場した「統計」を指すもののようだ)は非常に正確なものと言える.

以下の写真は沈美子おばあさんと一緒に撮ったもの
(訳註:写真は割愛)

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by xrxkx | 2005-04-17 13:47 | ◆ 池萬元 慰安婦発言
池萬元 慰安婦発言・後記
 池萬元(チ・マンウォン)氏の慰安婦発言シリーズ4部作のうちの第3弾です.
◇ これまでの経緯は以下を参考に ◇
「慰安婦問題を解剖する(上)」
「〃 (下)」

慰安婦問題を解剖する(後記) ─System Club, 2005/04/15
マスコミは池萬元殺しの前にまず真実を糾明せよ
 慰安婦問題,筆者がその真実の一端を暴露するや マスコミらがまたぞろ群れをなして池萬元殺しに乗り出した.マスコミの本分! 真実を明らかにすることが本分なのか,それとも今のように群れをなし,力ある者のラッパ吹きをするのが本分なのか? 筆者が真実の一端を明らかにしたなら,次はマスコミと政府が乗り出して 真実を糾明することから手を着ける番だった筈である.然るに!2005年4月14日,筆者が慰安婦問題を上下に分けて掲載するや否や,マスコミは真実を糾明することに時間を割かず,あたかも筆者が狂人ででもあるかのように歪曲することから直ちに手を着けた.まさにこうした韓国のメディアが国際的な物笑いの種となり,韓国社会を退化させているのである.
 筆者は心ならずも「日本軍慰安婦」となったことが日本の大法院に於いてさえ判明している最も確かなおばあさんや そのおばあさんを助けている何人もの人から陳述を得,文書で確認されている事実を要約・発表した.この方(訳註:沈美子のこと)は今もインターネットをしたり読書をしたりしていて,事理判別が明らかで要約的である.真実を求めるマスメディアならば,筆者の文章から以下の事項について考えてみるべきであろうと思う.
  1. 「慰安婦」たちをなぜ「挺身隊」という的外れな概念で代表したのか?
     慰安婦たちの痛みを受け止めようという名分で 韓国で初めて設立された社会団体は「挺身隊問題対策協議会」(挺対協)である.しかし,挺身隊と慰安婦とは全く異なる概念である.理論上で見れば挺身隊は女性勤労者だったため賠償問題とリンクする筈が無い.にも拘らず韓国は慰安婦を挺身隊と表現して来た.名前からしてこのありさまでは,韓国は慰安婦問題を科学的に定義もせずに募金事業と抗日事業を始めたということになる.
     韓国では「慰安婦」と「挺身隊」を混用し,皆が日本軍に連行されて性的な慰み者にされた人々であるものと定義して来た.しかし慰安婦と挺身隊は概念からして全く違う.
     「挺身隊」は「女子勤労挺身隊」の略称で,これは15~40歳の女性たちが生活苦の為に自ら行ったり,誤った情報に誘惑されて行ったり,または罠にはまって行った人々で,彼女らは多かれ少なかれ報酬を貰って勤労を行なっていた人々である.
     半面,慰安婦たちは日本軍により強制連行されて性を奪われたり,自ら性を売ったりした女性たちである.性を強制で奪われた女性たちは,主に嫁入り前で連行された女性たちであり,性を売った女性たちは文字通り「왜 색시」(訳註:強いて訳すなら「倭娼」くらいか)だったのである.
  2. 慰安婦だと申告した125名中,挺対協とナヌムの家に現在まで残っているおばあさんは何名か?
     「ムクゲおばあさん会」の沈会長の陳述によれば,太平洋戦争当時に慰安婦だったと申告したおばあさんが 1992年度には200名程度,今は125名が残っているという.彼女らのうち何名が挺対協とナヌムの家に残っていて,どのような特典を受けているのか.
  3. 挺対協とナヌムの家は各々これまで国内と海外からどれだけの義捐金を受け取っており,彼女ら125名にどのような支援を行なったのか?
  4. 偽物と本物をどうやって区別したのか?
     本物の慰安婦のおばあさんたちは恥ずかしがって隠れ住んでいるという.本物か偽物かを女性部で調査したというが,TV画面によく登場する2名の慰安婦について 日本側がこれを指して偽物だと言っているのは何故なのか.これは韓国の名誉が掛かった問題である.
  5. 朴ポクスン(訳註:前回出て来た朴ポンスンの誤記だろう)おばあさんに対し,日本の団体が17年間も真心込めて助け,葬儀まで済ませた頃,挺対協とナヌムの家は何をしていたのか?
  6. 挺対協とナヌムの家に所属しているおばあさんの数は今何名で,今はどのような義捐金を受け取ってどのような事業や活動を行なっているのか?
     沈会長の陳述では,挺対協に2名,ナヌムの家に10名ほどのおばあさんが所属しており,そのうち5~6名は中国から渡って来たそうだが,これは事実なのか? もしそうなら,支援を受けられずにいる他の120名ほどのおばあさんは何故両団体を離脱したのか?
筆者は沈会長の陳述をそのまま要約して発表した.ひとえに真実と正義の為にである.これに反論があるなら,社会的に公論化されるべきである.なのにメディアは何よりまず筆者を罵り,聞く所によれば挺対協は法的対応を行なうという(訳註:挺対協側が池萬元氏を名誉毀損で訴えると発表(15日)したことを指す).
 慰安婦問題は国内で最もセンシティブな問題の一つであり,それだけに社会的関心事でもあり,同時に国際社会の関心も大きい.挺対協は無条件に法的対応を取るなどという脅迫(?)(訳註:疑問符は原文通り)するのではなく,沈おばあさんの主張のうち何処が事実で何処が事実でないのかを究明することから始めるべきだろう.メディアもまた,池萬元殺しに熱を上げてばかりおらずに,率先して真実糾明に乗り出すべきではないか.
 ちなみに,この「4部作」は何度か題名が変更されています.13日に掲載された1本目が当初は「慰安婦を解剖する。」なる標題だったことについては以前にも触れました.その後 続編が上がって来た14日には「慰安婦問題を解剖する (上/下)」に修正,4本が出揃った15日には「上・下・後記・補強」と変更,うち「補強」のみが16日には「慰安婦ハイライト!」と変更,そして今日17日には「慰安婦問題を解剖する (1~4)」と単に通し番号を付する形になっています.内容のほうも細かい修正は加えられている模様ですが,論旨自体に変化は無さそうです.
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by xrxkx | 2005-04-17 12:12 | ◆ 池萬元 慰安婦発言
池萬元 慰安婦発言:後半
 過日ご紹介した池萬元(チ・マンウォン)氏の慰安婦論の続きです.

慰安婦問題を解剖する(下) ─System Club, 2005/04/14
慰安婦を素材とした韓国の社会運動
 1990年11月,「挺身隊問題対策協議会(原文註:挺対協(訳註:日本ではしばしば「挺身協」と呼ばれるようだが))が慰安婦の為に献身するという趣旨で創設された.創設当時,挺対協の運営を主導した人々は所謂「イデ」(訳註:おそらく「梨大」=梨花女子大のこと)卒業生だったそうである.尹ジュンオク(83歳くらい)は李フィホ氏(金大中の妻)の先輩でキリスト者として知られ,チ・ウンヒは前女性部長官,そして李ミギョンはウリ党議員である.他にシン・ヘスクなどがいるという.
 1991年,政府は全国の市町村(訳註:原文では「邑面洞」.邑・面・洞とも自治体の行政単位)に公文を送り「慰安婦については秘密を保証するので,恥ずかしがらずに申告するように」という趣旨の公文を送り(訳註:重複ママ),これに従って申告したのは計200名ほどだったと言われている.彼女らのうち今残っているのは125名ほどで,この125名中 本物の「日本軍慰安婦」だと彼女ら同士の間で確認済みの老人たちは33名である.この集まりは略して「ムクゲの会 おばあさんの会」と呼ばれる.このおばあさんの代表が,日本の大法院で本物と確認された「沈美子(シム・ミジャ)」(82歳)おばあさんであり,2005/4/13午前と午後にわたり,筆者が長時間インタビューを行なった.
 現在 毎週水曜日のデモに出ているおばあさんたちのうち,マスコミに最も広く顔を出しているおばあさんは2名ほどだが,奇しくもこの2名については日本社会(国会議員,記者)から「あの方々は違う(訳註:本物ではないの意)」という評価を受けた方々だという.この2名は今でも挺対協に所属しているという.
 挺対協に失望を感じた5名のおばあさんたちがチョ・ゲジョン,ソン・ウォルジュ僧侶を訪ねて生活苦を訴え,仏教界および社会各界で募金運動を始めた.その結果,1992年10月 ソウル麻浦区ソギョ洞で初めて「ナヌムの家」の開所式が行なわれ,ミョンユル洞,ヘホヮ洞を経て1995年12月にチョ・ヨンジャ氏の寄贈した京畿道広州市トヱチョン面所在の650坪の土地に300坪も建物を建てたと紹介されている.おばあさん(訳註:沈美子のことだろう)の言葉によると,慰安婦のおばあさん10名を収容できる建物だという.
 この場所は韓国に観光に来る日本人たちの観光コースとなっており,国内外から義捐金が寄せられているという.はじめにナヌムの家を建ててくれと訴えたおばあさんたちは 運営者側に不満があって出て行き(訳註:この箇所,どちらがどちらに対して不満だったのか不明瞭),現在ホームページには10名の慰安婦の顔が載っているが,彼女らのうち約5名ほどは中国から来たおばあさんだという.この中国のおばあさんたちのうち何名かが,1日に3万ウォン貰って水曜日に日本大使館前の集会に出掛けているのだと おばあさんは言う.
 「挺対協」がキリスト者らの作った団体なら,「ナヌムの家」は仏教者の建てた福祉施設だ.園長(訳註:院長かも)はヘジン僧侶.ムクゲの会の33人は本物の「日本軍慰安婦」だと主張し,彼女らは挺対協とナヌムの家に対し かなりの不信を懐いている.
 ムクゲの会のおばあさん・沈会長は,その不信をこう表現する.
  1. 2つの機関は慰安婦を利用して国内外から募金を行い,自らの名誉を高める為に働き,募金された金を(訳註:自称もと慰安婦ら本人たちに,の意だろう)分け与えもしない.
  2. 何名もいないおばあさんたちを手下にして国際的な恥をさらして回らせている.私たちは金が欲しいのではない.私たちが望むのは名誉だ.私たちを利用して国際募金を行なうのは,私たちを二度辱める行為だ.
 こうした趣旨で沈美子おばあさんは6名の弁護士からなる弁護団を通じて2004年3月,上の2つの機構(原文註:挺対協・ナヌムの家)を相手に「募金行為およびデモ動員禁止 仮処分申請」を行った(原文註:仮処分申請資料保存中).

慰安婦の為の日本人社会運動
 1995年,日本では村山元総理が「財団法人・女性のためのアジア平和国民基金」(原文註:アジア女性基金)という機構を作り,日本社会で広範な募金運動を展開した.日本軍により被害を受けた12ヶ国の女性たちの為の団体である.実際的な住宅改善,看護ならびに医療,医薬品補助など本人の実情と意思を反映した支援を行なうことを文書で約束した.これに伴い韓国の慰安婦たちには一人当たり500万円を与えると提案して来た.おばあさんたちがこの金を受け取ろうとすると,挺対協と政府は おばあさんたちに「あなたがたがこの金を日本政府から受け取ったら娼婦になってしまう.絶対に受け取るな」と言い,日本の「アジア女性基金」に対しては「(訳註:その金を)韓国政府が受け取って記念館や慰霊塔を建てるので政府によこせ」と言ったという.
 これに伴い公式的には7名が500万円を受け取ったが,挺対協ではこのおばあさんたちを指して娼婦だと非難したという.本物のおばあさんの言葉によれば「個人が受け取れば娼婦で,政府が受け取れば当然の事」などという馬鹿なことがあるかと腹立たしいと言う.日本から金を受け取らなかったその他の慰安婦たちは,韓国政府から一人当たり3150万ウォンを受け取ったという(訳註:従って,1円=10ウォンで計算すると,総額の4割近く,一人当たりで言えば185万円ずつを韓国政府がピンはねしている計算になる).本物のおばあさんは日本の「アジア女性基金」に約束を守れと要求したが,アジア女性基金は2005/3/31付でおばあさんに「韓国政府が間で妨害している」というニュアンスの漂う手紙を送って来た.

朴ポンスンおばあさんの場合
 朴ポンスンおばあさんは33人の中の1人で,様々な合併症により余生を闘病生活の中で送り,2005/2/30,82歳で世を去った.この方は17年間ずっと食事が出来なかったという.日本人ボランティア団体である「ハッキリ」(原文註:確実に事を行うという意)(訳註:「日本の戦後責任をハッキリさせる会」を指す)の代表「ウスキ」サン(訳註:臼杵敬子.なお敬称の「さん」は原文でも日本語式に綴られている)が おばあさんを連れて精密検査を受けさせ,おばあさんに合った牛乳を開発して17年間送ったという.1年に5回ほど韓国にいるおばあさんを訪ね,不便な点を点検し,具合が悪ければ日本に迎えて入院させたりもした.
 韓国には「太平洋戦争犠牲者遺族会」があるが,会長はヤン某氏という(訳註:ヤン・スンイムのこと).ヤン会長は(訳註:朴ポンスン死後,か)公開的に慟哭し,5日葬で葬儀を延期(訳註:意味不明.もしや「演技」か?)したという.広く報道された葬儀には若干の日本人たちのほか韓国人らはあまりいなかったという.火葬場で遺骨を拾うとき,韓国人の誰も火葬費を出さなかった.それで「ウスキ」サンが払ったという.朴おばあさんの遺骨を運搬すると名乗り出る人もいなかった.結局あの82歳の沈美子おばあさんが骨壷を前に懸けて,寒い中 バス停2つ分の道のりを歩いて,待機中のワゴン車に乗って天安(訳註:地名)まで行ったという.天安の「望郷の里」まで膝をかがめて行くのはとても体にこたえる上に寒くて,その後ひどく体を病んだという.
 韓国で慰安婦のおばあさんたちを押し立てては愛国者のふりをし,良心家のふりをして来た人々は皆どこへ行ってしまったのか!朴ポンスンおばあさんは日本の女性たちが17年間父母のように面倒を見て,葬式の費用も負担し,葬式も済ませた.
  • 日本の奉仕団体と韓国の奉仕団体は何が違うか? 日本の奉仕団体は17年間朴おばあさんに一般の息子娘以上の真心を注いだ.葬儀も行なった.その間,韓国のあの多くの奉仕団体は何をしていたのか?
  • 日本の奉仕団体は大部分の韓国人たちが感動するほどの奉仕を行なったが,慰安婦の為と称するあの多くの韓国の奉仕団体らは慰安婦を使い走りとしか思っていなかったというのだろうか?
  • 朴おばあさんには 1億5000万ウォンという涙にぬれたお金があった.日本から受け取った500万円(原文註:5000万ウォン)と,月々受け取る60万ウォンとを合わせたお金だ.このお金は誰のもとへ行くべきか? 放っておけば政府のものになる.そのお金を政府が自分のものとすべきかどうか,政府の措置が注目される.

沈美子おばあさんの場合
 沈美子おばあさんは 2004/11/29 日本の大法院で本物の「日本軍慰安婦」だとの判決を受けた方である.このおばあさんの為に法廷闘争をしてくれた弁護士たちは,韓国人弁護士ではなく日本人弁護士で,「ウスキ」サンと「ヒラダ」サンという(訳註:前者は前述の臼杵敬子の夫か何かか? また「ヒラダ」はどうも「原田」の誤記である可能性あり).
 1940年,黄海道(訳註:地名.現在の北朝鮮占領下)のとある学校の5年制の時だった.彼女は刺繍が上手だった.韓国の地図にムクゲの花が一杯に咲いた刺繍を作ったところ,先生がそれを教室に飾った.それを見た日本の先生が日本地図に花を刺繍してくれと頼んだ.沈おばあさんは日本地図に朝顔の花を刺繍してあげた.ある日 日本の巡警が彼女を捕まえて尋問した.日本の花は桜なのに何故一年草である朝顔を刺繍したのかと難癖を付けたのだった.日本の巡査に強姦された後,苛酷な拷問を受けた.背中や腰,手の爪をひどく痛め付けられ,今も拷問の痕がくっきりと残っている.
 「日本軍慰安婦」となって日本に行ったが,たまたま顔が可愛く知的に見えたので日本の憲兵隊長スズキの愛人になった.信任を得たおばあさんは遊郭暮らしを免れた.スズキ憲兵隊長の夫人だという証明書まで貰った.当時ハン・ヨンウンと金マリアが訪ねて来て,望みは何だと尋ねたという.母や祖母のもとに帰りたいと言うと,それなら独立運動に資金が要るから金を出せと言ったという.沈おばあさんはそれが本当だと思い,日本軍の将校たちの洗濯をしたり編み物をしたり,ハナマキ(訳註:「腹巻」の誤記だろう)という腰に巻く財布を作って一つ20ウォンで売って金を払ったという.
 独立軍が来て旅行証明書を出してくれと頼みに来れば,スズキ隊長に親戚だと言って「自由通過」の効力を持つ強力な旅行証を作ってやったことも何度もあったという.
 1992年3月,沈おばあさんが現地証言をしに福岡に行った時,法廷に立とうとしたおばあさんに「いくら補償すれば良いか」と言ったので(訳註:誰がそう尋ねたのかは不明),「やい此奴,私が金を貰いたくて証言になど来るか,日本の土地を全部貰ったとて補償にはならぬ」と叫んだあと卒倒したという.おばあさんを補償を貰いに通っている存在だと思っているのにカッとなったからだという.日本人たちにこういう認識を植え付けたのは他ならぬ韓国のマスコミのせいであり韓国の慰安婦の為と証する社会団体のせいだと思うと おばあさんは憤った.

慰安婦ごっこはもうこれくらいにすべきだ
 現在残っているという125名の慰安婦のおばあさんたち,そしてその125名中33名の「日本軍慰安婦」のおばあさんたち,彼女らは韓国の慰安婦奉仕団体からどれだけの助けを得ただろうか? 結論的に言うが,金銭的な助けをあまり得られず,生活支援もあまり得られなかったというのが沈おばあさんの証言だ.それなら韓国政府からどれだけの助けを得たか? 韓国政府は寧ろ日本の「アジア女性基金」から受け取る援助までも受け取れなくする邪魔者だというのが沈おばあさんの言葉だ.
 これまで15年の奉仕活動がこのようなありさまだとすれば,「挺対協」や「ナヌムの家」に何の意味があり,毎日のように日本大使館前で行なっている慰安婦デモは何の為のものなのか?
 これについて,沈おばあさんは2つのことを語る.ひとつは募金と自らの栄達の為にやっているのだということ,もうひとつは慰安婦たちの名誉を踏みにじる行為だということだ.沈おばあさんの唯一の望みはお金ではなく名誉だという.自分たちは娼婦ではなく,国家が強くなかったが故のスケープゴートであり,だからこそ平和を愛しており,恒久的な平和を念願するが故に「世界平和の為のムクゲの会のおばあさん」として記憶されることを望むという.
 そうした希望に反し,慰安婦を助けると名乗り出た人々が却って慰安婦たちを娼婦呼ばわりするとはあきれ果てるし恨めしいという.彼らは果たして慰安婦たちの痛みを癒す為に存在するのかということだ.今 そのおばあさんの傍らには,そのおばあさんの為の自叙伝を書く為に資料を集めて分析している人がいる.資料は実に膨大だった.
 日本の社会奉仕団体ならびに日本政府は,韓国人慰安婦たちに対して韓国政府と社会団体が何をやっているのかについて 非常に不信感を懐いているという.「慰安婦行事の背後には北韓(訳註:北朝鮮のこと)の工作員がいる」という趣旨の発言が出て来るのは その一例ではあるまいか.
 慰安婦たちをこれ以上辱めず,日本をはじめとする海外に向けて韓国の名誉を汚さない為にも,慰安婦問題は活発に公論化され調査されるべきである.挺対協やナヌムの家についても調査がなされるべきだというのがおばあさんの主張だ.
 これまで通りの慰安婦行事や慰安婦の為の社会活動は,大韓民国名誉と「本物の慰安婦」たちの名誉の為にも中止すべきだというのが筆者の考えである.こうしたやり方では,韓国人たちに日本に対する憎悪を吹き込む反日運動の一環だと誤解されかねない.
 筆者は何らかの不純勢力が事のあちらこちらを歪曲して反米感情を起こし,韓国国民を世界で最も義理を欠く恩知らずな背恩亡徳の国民に仕立て上げるのに成功たのと同様に,慰安婦もまた反日感情を誘発する手段として悪用されているという考えを持っている.
 後半に入って「ハッキリさせる会」が出て来たことで前半での疑問の大半が氷解しました.
 まず2004年11月29日の最高裁の件ですが,大法廷ではなく第2小法廷であって しかも上告棄却,とここにも書いてあります.ああハッキリした.
 どうも池氏は「ハッキリさせる会」との直接のコンタクトは無いようで,誰かに上の上告のことを聞いて知っただけなのでしょう.少なくとも資料に当たってみたらしい形跡が見られない.
 もっとも,最近慰安婦やら「強制連行」やらの絡みで全国津々浦々で「下手な鉄砲も…」式に次々と起こされている裁判では,国の法的責任を認めた上での「国家無答責」論での原告敗訴という それこそハッキリしない判決がちらほら出て来ていますので,そういうのと混同している可能性は無くもありません.慰安婦絡みだと 例えば下関判決などはそうした例でしょうし.

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 池氏のことは後回しにして,先に 今回の主役といってよい「沈美子」がどういう人物なのかを少し見てみましょう.
 まず本文中に数多く紹介されているインタビュー内容だけを見ても,胡散臭い点が山ほど見られますね.例えば
  1. 今年82歳だとすると,生まれたのは1922~23年.韓国式に数えても1924年.「日本の巡査に強姦された」と称する1940年当時は 満17歳か18歳.そのとき「5年生」だったというのは当時の学制に照らして不自然ではないか.
  2. 上の証言中,「軍または官憲による強制連行の事実」を証明するものが何一つ無い.単に「日本軍慰安婦となって日本に渡った」とあるのみ.
  3. 「憲兵隊長の愛人となって遊郭暮らしを免れた」のであれば,慰安婦と認められる筈が無い.ついでにその「愛人となった」過程についても,強制性があったことを示す証言が一切無い.
  4. 「独立軍が日本に来て…」のくだり.沈美子は彼らを日本で迎えている.つまり彼女は内地に住んでいる.内地に慰安婦は存在しない(内地で売春に従事したのは《慰安婦》ではなく単なる《娼妓》である).
  5. その「独立軍」に出してやったという「通行証」だが,慰安婦問題をめぐって日本を糾弾する人々の謂う所の「性奴隷」というのは そんな融通が付けられるほど憲兵隊に顔が利くのか.
等々….上の証言を読む限りでは,この沈美子なる人物は自分の意思で内地に渡って憲兵隊長の妾をしていただけにしか見えないのですが,どうでしょう.

 いま私の手元に,藤岡信勝 著 「『自虐史観』の病理」(文藝春秋,1997)という本があります.その129頁から138頁まで,「信用できない元慰安婦の『証言』 ──彼女たちは真実を述べているか」という章があります(元は「原題現代教育科学(註:2005/10/12 誤字訂正)」1997年8月号に掲載された「元慰安婦証言の信憑性」という題の論文だそうです).その中で,自称もと慰安婦らに対する聞き取り調査の結果が6種類紹介されています.
 さて,ここに登場する自称もと慰安婦は全部で26人.そのうち,慰安婦になるに当たって「軍または官憲による強制連行」があったと主張しているのは 実は僅か8名.その8名の中に今回の沈美子が含まれています.
 聞き取り調査を行なった時期も調査を行なう者も 調査ごとに異なり,彼女たち全員が全ての聞き取り調査に応じているわけではありません.沈美子の場合,初めの3つ,即ち
  1. 「アジア太平洋戦争韓国人犠牲者補償請求事件訴状」 (1991年12月.92年4月追加)
  2. 「聞きとり 13人の元慰安婦」(1992年02/16-17, 03/09-10.「ハッキリ通信」3号に掲載)
  3. 伊藤孝司 編著 「〈証言〉 従軍慰安婦・女子勤労挺身隊」(風媒社,1992)
の聞き取り調査には加わっていますが,4回目から脱落しています(実はその4回目の調査を行なったのが他ならぬ「挺対協」なのですが).
 前述の「『自虐史観』の病理」の131頁に 26人のうちの誰がどの調査に応じたかが表で示されているのですが,それを見ますと,それまでの調査の少なくともいずれか応じていた自称もと慰安婦らのうち7人が 4回目の調査では外されています.その7人のうち「強制性」があったと主張しているのは実に4人.その4人の中に沈美子が含まれています.
 何故外されたのか.そのことについて,挺対協が調査結果を出版した「強制で連れて行かれた朝鮮人軍慰安婦たち 証言集 I」には こうあるそうです.
「(接触した40人の慰安婦のうち)調査結果において自分の経験を語りたがらない人,証言がそのたびごとにひどくくいちがったり,話の前後があわず,調査が難しい人たちを除いていきながら,最終的に調査を完成させたのがこの本に記載された19人の証言である」
「調査者たちを困らせたのは,証言者が意図的に事実を歪曲していると思われるケースだった」
(続く)
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by xrxkx | 2005-04-16 03:21 | ◆ 池萬元 慰安婦発言
池萬元氏,自サイトから外国人締め出し       か
(しつこいようですが標題の「か」は東スポふうに読んでね)

 池萬元(チ・マンウォン)氏のwebサイト「System Club」に掲載された文章についての「回答」を私が同サイトに投稿した件について 前回ご紹介しました
 その後,池氏本人からは特に反応らしい反応が無い代わりに,私の投稿を読んだ一般の韓国人読者からの反論(?)が多数ありました.前回にも触れたように,大部分は論点を甚だしく逸脱ているか,或いは単なる罵詈雑言に終始しているかのどちらかで(韓国人との対話に於いてはそういうことは日常茶飯事),そういうのは概ね直ぐに削除されるのですが,どうやら一応は討論する気がありそうなのが一つだけ残っていました.
 で,今日の夕方になって それへの再反論を書いて 投稿しようと思ったところ,掲示板への投稿を行なう際にloginを必要とするように仕様変更されていました.
 当然ですが,loginするには まずID取得が必要です.ところが,そのID登録フォームが 例によって住民登録番号の入力を求めて来るのですね.韓国のサイトにはよくあることです.私のような外国人(韓国から見た場合)は住民登録番号など当然持っていませんから,ID登録そのものが出来ない.要するに

体よく締め出されてしまったよ ヽ( ´ー`)ノ

 幸い 同サイトの首頁に池氏のメールアドレスが載っていましたので,どういう事情で急に「login必須」に変更したのかについて 今から問い合わせのメールを出そうと思います.…やれやれ,まさかこういうやり方で来るとは.

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04/17追記: 今朝10:30頃確認したところ,loginなしでの書き込みが可能な状態に戻っています.但し池萬元氏からのメールによる直接の連絡はありません.

※その他のキーワード:池万元
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by xrxkx | 2005-04-14 21:15 | ◆ 池萬元 慰安婦発言
池萬元氏,今度は自ら親日発言        か
 (標題の「か」は東スポふうに小さく読んでね)

 例の池萬元(チ・マンウォン)氏のサイトを覗いていたら,昨日またちょっと面白い文章が掲載されていました.まさか一昨日の私の投稿に応えるつもりでお書きになったわけでもないでしょうが(笑),ともあれ これ,ことによると また物議を醸すかも知れません.

04/14夜 追記: 案の定 そろそろ始まっているようです.

慰安婦を解剖する (上) ─System Club, 2005/04/13
 2005/4/12夜9時のニュースに「慰安婦のおばあさんは北韓の工作員」というニュースが出ていて(訳註:「北韓」とは北朝鮮のこと),翌朝の新聞にも同じ内容が報道されていた(訳註:さる10日の「つくる」会集会での藤岡信勝教授の発言を指すものらしい).これを見た家族が罵った.「日本人どもめ,そういうとんでもないことを言うから国連(訳註:安保理)常任理事国になり損ねるんだ!」
 日本は1910年に韓国を併合した.それから32年後の1941年12月7日(ママ.勿論日本時間では8日),日本は真珠湾奇襲攻撃によりアメリカを相手に太平洋戦争を起こした.32年間は慰安婦問題が全く無かったのである.32年間 なぜ慰安婦問題が無かったのか.
 中国,インドアフリカ,南米,アジアなど世界の数多くの国々がヨーロッパの強国らや日本の植民地となった.それが善だったか悪だったかを論じるのは後回しにして,結果だけ見れば韓国は他の植民地に比べて事情の良いほうだ.

日本は朝鮮の女たちをどう遇したか?
 アフリカを植民地にした国々は,黒人を奴隷として捕らえては息子・娘,父母をばらばらに売り,牛馬の如く鞭で叩いて使役した.インドや中国は阿片漬けにされた.このように他の植民地は搾取と掠奪の対象であったが,韓国だけは日本人が渡来して千年万年も暮らしたがっていた土地なだけに愛着を持って育んだと見る見解が多い.韓国には地震も無く,山水は秀麗で,しかも大陸だったからだ.そのため日本人たちは韓国を日本同様に育み,韓国人たちにも日本人たちと同等の待遇(原文註:内鮮一体)を行なうことを政策としていた.
 頭の良い者は司法学校に入れ,卒業すれば韓国にある学校に配属した.韓国に日本人専用の学校,韓国人専用の学校を建て,道路,鉄道,港湾,発電所,工場,建築物など多くの資本を投資した.パラダイム面から見れば,他の植民地は搾取の対象であったが韓国だけは育成の対象だったというのが,この時代を知る方々の一般的な見解である.これは当時の経済を研究する若い学者らの間にも形成されている見解のようである.
 女性に対する待遇に於いても同様だったという.我々は5000年の歴史を誇るが,その歴史は侵略を受け苦痛を受けた歴史に満ち満ちている.受けた侵略は900回余り,その大部分は中国によるものだった.中国が我々を侵略する時は例外なく婦女子を強奪し,女性たちを中国に連行して行った.年を取ればお払い箱にした.捨てられた 恨(ハン)多き女たちが,それでも自らの土地だと(訳註:故郷を愛し懐かしんで,くらいの意)朝鮮を訪れれば,朝鮮人たちは彼女らを売女と呼んで後ろ指を指した.もともとは「還郷女」という(訳註:「売女」の箇所,原文では「화냥년」で,「還郷女(환향녀)」と音が似ている).しかし日本人たちは中国人たちのように韓国女性を粗暴には扱わなかったという.

慰安婦の種類
 「慰安婦」,「挺身隊」なる語が出るたびに韓国人たちは一も二も無く興奮する.過日ソウル大学経済学部の李栄薫教授が「慰安婦は売春婦(訳註:原文にある「양 색시」とは どうやら日本語で謂う所の「パンスケ」に近い語らしい)のようだ」と発言して散々な目に遭い,今でも随分と叩かれているらしい.彼の文章もまた去頭截尾の言論(訳註:ここでは「前後の脈絡を読まずに発言の一部だけをあげつらうこと」を指すのだろう)の犠牲である.慰安婦問題もまた,以前の5・18(訳註:1980年の光州民主化運動の弾圧事件のことだろう)のように禁断の領域となっているのである.そうした禁断のベールに覆われていることが問題をなおさら大きくしているというのが筆者の持論である.
 筆者の把握するところによれば慰安婦は厳密には3種類に区分されるが,筆者を含め韓国人たちの大部分はこれを区別できずに来た.
  1. 「日本軍慰安婦」: 日本人たちの非を唱えたり日本に反抗した家庭の婦女,嫁入り前の娘である.飯を炊いたり草むしりをしたり洗濯をしたりしているところを,または学校で勉強しているところをさらわれて行った娘たちである.この女たちこそが最も辛い境遇で捕らわれの身となり日本軍人らに輪姦された女たちであり,そのため日本への憎しみは骨髄に浸透している.日本の統計や この分野に関心を持つ人々の言葉によれば,「日本軍慰安婦」は20%,「従軍慰安婦」は80%を占めるという.
  2. 「従軍慰安婦」: 彼女らは生活に著しく窮して自ら軍票を貰って体を売ることで生計を保った娼婦だという.ソウル大の李栄薫教授の発言は,こうした側面を指すもののようである.
  3. 「挺身隊」: これは「女子勤労挺身隊」の略語で,15~40歳代に及ぶ勤労女性で,金を貰って看護婦や軍需工場労働に従事した女性たちである.最後まで貞操を守った者,時により体も売った者,あるいは「従軍慰安婦」に転向した者もいたという.
この3種類のうち問題となるのは主に「日本軍慰安婦」たちである.

日本軍慰安婦はいま何歳か?
 「日本軍慰安婦」が連行されたのは,おそらく1944年が最後だろう.当時15歳以上だったなら現在は少なくとも78歳以上(ママ)になっていなくてはならない.日本軍人らに5~6年間体を捧げたのであれば,78歳以上の高齢ということもあり身体も健康ではないはずだというのが本物のおばあさんの証言である.本物の慰安婦のおばあさんたちは精神的苦痛や性病その他の疾病により健康を著しく損ない,挙動もままならないという.ところが,最近TVで見る慰安婦のおばあさんたちの中には 歳もそれほど取っているようには見えず,健康状態も極めて良さそうで,声にも活気が溢れている方々がいる.

韓昇助(ハン・スンジョ)教授の書いた慰安婦(原文註:「正論」誌)
 (省略)

六何原則(訳註:所謂5W1H)によって認められた「日本軍慰安婦」は誰と誰なのか?
 2004/11/29,日本の大法院(訳註:大法廷)に於いて,六何原則に従い確実な「日本軍慰安婦」だったと認定されたおばあさんがいる.現在82歳である.このおばあさんが認める日本軍慰安婦のおばあさんたちは33名で,彼女らの中には日本大使館に出向いてデモを行うおばあさんはただの一人もいない.ならば,自らを慰安婦だったと言うおばあさんたちについては,その真偽のほどを誰がどうやって証明するのか? 近頃TVにしばしば登場するおばあさんの場合は,日本の関連団体が「偽者」だとして保証金支払いまで拒絶したことがあるという.日本の記者4名にインタビューを行なった(訳註:「記者のインタビューに応じた」であろう)が,4回とも言う事が違うそうであった.
 ベトナム戦争は1965年に始まった.当時の兵士たちは現在60歳前後になっている.枯葉剤などの補償を受ける場合,「私はベトナム戦争に参戦した」という事実を証明しなくてはならない.ところが記録が無い.証明する方法はベトナムで撮影した写真である.写真が無ければ当時の指揮官や同僚を探して証言してもらうのである.
 1980年,光州事態(訳註:上でも参照した民主化運動での弾圧事件のこと)発生した.当時誰が民主化闘士だったか,誰がデモ中に被害を受けたかを調査する際にも,大層なインチキが多かった.お互いがお互いを証言する(訳註:上述のような証言に於いて,事前に口裏を合わせて互いの為に偽証を行なうことを指す)ことも幾らもあった.当時はガソリンスタンドに行くとガソリンの缶をよくくれたという.配達屋の車の運転手が,ガソリンをドラム缶ごと貰えるのを面白がって 3回もドラム缶を一杯に積んで家に運んだ.4回目に行く途中で銃弾に当たった(訳註:デモ隊と軍との衝突に巻き込まれたのだろう)のに,民主化闘士として補償を貰ったという.これは光州教導所で聞いた話である.こうした類の雑多な事例は光州の人々自身も恥じている事である.
 然るに! 60余年が過ぎた今,偽慰安婦と「本物の日本軍慰安婦」を区別する事がどれだけ難しいだろうか? 大抵は「歳を取ったので記憶ははっきりしないが,被害に遭ったのは事実だ」と言い張る場合が多いという.
 1992年から,毎週水曜日の昼12:00~13:00に,日本大使館前では 3名から多いときには6名ほどのおばあさんたちが胸の前に黄色いチョン(訳註:何だか不明)を持ってデモを行なっている.「真相を糾明せよ」「謝罪せよ」「賠償せよ」「歴史教科書に真実を載せよ」「戦犯を処罰せよ」.既に600回をとうに超えたという.
 本物の「日本軍慰安婦」や「従軍慰安婦」だったおばあさんたちは,それを恥じて人々と接触の無いひっそりとした場所で暮らしているという.日本の法廷で本物の「日本軍慰安婦」と証明されたおばあさんの言葉では,本物のおばあさんたちはTVに顔が映るのを嫌ってただの一度も出たことが無いという.最近TVに顔を出しているおばあさんたちの中には,中国から来た5名ほどのおばあさんたちもいるという.彼女らは日本大使館前に出掛ける代価として1日に数万ウォンずつの日当を貰っているという.中国から来たおばあさんたちは,京畿道広州市にあるナヌムの家に収容されているという.しかし,本物とされる33名のおばあさんたちはナヌムの家を嫌がって外に住んでいるという.
 日本は1965年の韓日協定(訳註:日韓基本条約)に拘らずに保障をすると言っている.しかし,上の3つのカテゴリーの内のどれに属するかをはっきり区分して補償を請求するなら受け付けるとのことである.皆が皆「日本軍慰安婦」という最も有利なカテゴリーだと主張するのは信じ難いという.現在「日本軍慰安婦」だと互いに信じているおばあさんは33名で,彼女らは「世界平和ムクゲの会33人会」を構成している.

(次回目次 省略)
05/04/15昼 追記:上の文章の標題,私が初めに読んだときは「(上)」が付いていなかった.順を追うと
・慰安婦を解剖する。
・慰安婦を解剖する(上)
・慰安婦問題を解剖する(上)
と編輯され直して現在に到る.
 細かいところに突っ込みを入れればキリがありませんが,最低限 次の3点は評価に値するといってよいでしょう.即ち,
  1. 日本統治時代をあたかも暗黒時代であったかのように描こうとする韓国の歴史認識をきっぱり否定している点.
  2. 「慰安婦」と「挺身隊」は違うものだということ,また その違いを韓国人たちがこれまで理解できずに来たこと,この両者について 韓国人である池氏がはっきり認めている点.
  3. 自称もと慰安婦らのうち少なくとも大部分はニセモノだと言い切っていること.つまり所謂「軍または官憲による強制の事実」が提示されていないという点に直截に言及している点.
こんなものは当たり前と言ってしまえばそれまでなのですが,その当たり前の事を韓国人が出来ないばかりに,これまで日本がどれだけ余計な頭を下げ,余計な金を払って来たかを考えれば,「韓国人も やっとここまで来たか」という感を無しとしません.

 とはいえ,本文の論旨の出発点とも言うべき「慰安婦の分類」の箇所には,かなりあやふやな記述が多数見受けられます.
 「挺身隊」はともかく,「日本軍慰安婦」とか「従軍慰安婦」とかいった もともと存在しない言葉によって 日本側が申請の受け付け方を変えるなどというのも不自然ですし,第一 この種の業務を扱う窓口になるであろう「アジア女性基金」にしても 既に先日解散を発表しています.今後補償を行なうという日本側の窓口としてどういう機関を想定しているのかが分かりにくい.
 それから,本文中で言及している「2004/11/29」の判決というのも,何を指しているのか分かりませんでした.判例を探してみると あるにはあるのですが,大法廷ではなく第2小法廷ですし,そもそも これ,「慰安婦と認められた」どころか上告が棄却されています.何か類似の判例のことを指していて日付を誤記しているだけかも知れませんが.
 ともあれ,上の「33名」というのが本当に「日本軍による性的虐待の被害者」なのだとすれば由々しき事態で,それこそ軍および政府の指示による「強制連行」の事実があったかどうかをはっきりさせて貰わないと困ります.もし仮に一部将兵によるそうした暴行の事実があったとすれば,それは当時でも軍法により裁かれるべき罪でしたが,それと当時の日本の政策や軍令とは全く別次元の問題ですから.盧武鉉政権には 是非ともその33名が生きているうちに「過去史真相糾明」とやらをやって見せていただきたいところです.

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 おまけ.ナヌムの家のwebサイト(日本語版)というのがあるのですが,これがまた なかなかイイ感じにデムパを出しています.日本を犯罪国家呼ばわりしている張本人たちが日本人のボランティアの申し込み(「受け付け」と言いたいのだろうが)をしていたり寄付のお願いをしていたりという精神からして理解に苦しみますが,その手の批判はよそのサイトに任せるとして,すいか泥棒的にはやはりインチキ日本語に触れないわけに行きません.特筆すべきは頁上部のmarqueeタグで走らせている一行でしょう.曰く,
この場所には、忘れられない史があります。言葉では言い表せないほどの悲しさで恥ずかしさを忘れ、50年の闇をりけて堂と私達の前に立たれた方の物語が詰まっています。花のような生涯を閉じた方の息遣いとった方達の低いがめられた最後の史室です。許せない史。閉ざされた史に漬かったと心の記が私達に大きなえをす、偉大なる場です。ここから新たな千年を守っていく、人間の平和が育つことでしょう。この場所には、決して簡には癒されない史があります。私達をし見る澄んだ鏡となることを願いつつ
自ら恥知らず宣言してるし…. ヽ( ´ー`)ノ

※その他のキーワード:池万元
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by xrxkx | 2005-04-14 14:16 | ◆ 池萬元 慰安婦発言
池萬元氏との問答(予定)
 前回触れた 池萬元(チ・マンウォン)氏のwebサイトの文章と ,それに対する回答のつもりで書いた私の投稿とを訳出しておきます.昨04/12夜に載せるつもりだったのですが,寝床でぽつぽつ書いているうちに寝てしまったよ :D ごめんなさい.
日本の友人ならびに知識人の方々へ

 私が格別親しくお付き合いさせて頂いている日本人の学者や言論人の方々が何名かいらっしゃいます.本ホームページにしばしばお立ち寄りの日本人知識人の方々もかなりいらっしゃると伺っています.2002年末,私が光州に閉じ込められて(訳註:どういう事態を指すのかは訳者には分からないが)いた時,私に肌着を送って下さった友人,それに私を慰めようと様々な話を書いてはE-mailで送って下さった方もいらっしゃいます.これら全ての方々は私の心の友であります.こうした友情によって あらゆる問題を解決して行ったなら,韓国と日本が今回のように顔を赤くする(訳註:感情的に激しく対立するの意)必要は無かっただろうという気がします.
 ここ数週間は,日本と韓国,そして中国全てが 勝者の無いゲームを行なったように思えます.日本がアジア地域に於いて維持役をしていたならば,今回 国連安保理常任理事国入りすることが出来ただろうと私は信じます.報道に接するにそれが些か難しくなったようで残念です.
 日本国はいまや世界第2の経済大国となり,韓国や中国に比べ 生活水準が何倍も高いです.日本は今なお発展している国です.そして世界の平和を主導する理事国にまで進出しようとしている先進国です.日本国民一般の礼節と信用,そして日本企業の品質は世界の人々の羨望を浴びるほど進んでいます.なのに,私的な席で虚心坦懐に意見を交わしたように(訳註:どうやら上述の「日本人の学者や言論人」らとそういう話をする機会があったらしい),一部政治家らの品質は日本国全体の国力にそぐわず低い面があるようです.
 私の出会った日本の知識人たちはまことに礼儀正しい人々でした.農村で農機械(訳註:耕運機の類か)が遠くから現れれば全ての乗用車が農村の人々に感謝の意を表する意味で農機具が道を使い終えるまで10分でも20分でも敬虔な気持ちで待ってあげるのを見て,大いに驚きました.ソウルのそれよりも混雑した電車の中で静かに読書する姿を見て感嘆したこともあります.コーヒーショップの狭いテーブルに本とコーヒーを載せ,辞書を引いていてコーヒーをこぼす姿も見ました.
 こんなにも進んだ日本国民,礼儀正しい日本人であるのに,どうして日本の政治家たちが徒らに隣国の国民の過去の古傷を暴き出しては感情を刺戟するのか分かりません.取るに足りない岩島一つをめぐってなぜ近隣諸国と反目しなくてはならないのか,理解に苦しみます(訳註:「取るに足りない岩島」とは竹島を指すのだろうが,この箇所,原文では「隣国」が複数になっている.どうやら筆者は日本が竹島以外にも領土問題を抱えていることを念頭に置いて書いているらしい).
 私は日本にはアジアの隣国と和睦し,温かく暮らして欲しいと望んでいます.その為には,進んだ国,裕福な国が率先して「大きな考え」を持たなくてはならないと考えます.日本が笑えば隣国も笑うのです.日本が真摯な気持ちで「済まなかった」と言えば,近隣諸国は「不幸な過去は水に流そう(訳註:原文では「覆い隠そう,蓋をしよう」くらいの表現)と応えるのです.(訳註:ところが実際には)そうは出来ずにいるばかりか,発展線上にある日本国がどうして古臭い過去史を持ち出して歴史の針を逆に進めようとするのか,私には分かりません.
 時が経つほど世界はますます相互依存的な,ともに生きて行かざるを得ない,そうした環境に向かっています.今後 アジアの近隣諸国は,好むと好まざるとに関らず運命的に,繁栄と幸福を分かち合わなくてはならないでしょう.日本国がここに多くの寄与と先導的役割をしてくれるのを待ち焦がれている国々がたくさんあります.日本国がこうした期待に応えてさえくれるなら,日本国は近隣諸国の推薦により晴れて世界平和を主導する(訳註:国連安保理常任)理事国になることでしょう.世界で2番目に強い経済力を持つ日本が 今後も国連(訳註:安保理)常任理事国になれないとすれば,それまた日本国の不名誉となるでしょう.こうした点を重視し,より良い地球村を培って行く上で先導的役割を果たしてくださるよう,日本の知識人の皆さんに敢えて切望します.

 以下は私の考えた甚だ疏薄(訳註:「素朴」かも知れない)な改善案です.これについてお互いに虚心坦懐な意見交換ができればと存じます.


1. 歴史教科書について

 「韓国は長い間中国に朝貢を行なって来た辺境国だった」なる趣旨の教科書内容があるやに伺っております.歴史書を通じて多くの韓国人たちはこれが事実であると習って来ました.ですが,事実であるとしても,教科書に現れる短い文章を通じてこれを日本国の幼い学生(訳註:韓国語では一般に「学生」は児童生徒を含む.以下同様)たちに教えることは,両国の学生の間の交流と友情の為に望ましくないと思います.勿論,歴史を専攻する成熟した青年学徒向けの参考書であれば幾らでも学問の自由の面で許容されるべき問題だと思います.


2. 慰安婦問題に関して

 慰安婦問題についても,幼い学生たちに教科書を通じて断片的に教えるのは両国双方の為に望ましくないと思います.


3. 独島(訳註:竹島のこと)問題について

 独島問題について,私は日本にそれこそ友人としての忠告を申し上げようと思います.独島は客観的に見ればとても小さな不毛の岩島に見えます.しかしここには韓国国民の自尊心が掛かっており,韓日間の感情的対立が激突する,火花を散らすスパーク地点です.これを日本領だと主張することは,韓国人たちの自尊心を無惨に踏みにじり(訳註:原文では「重圧を加える」といった意の動詞),心にしこりを残した韓国人たちの民族感情を極度に刺戟する行ないに等しいのです.独島は実際韓国が占領しており,韓国人たちが思い通りに行き来できる 韓国領です.今更これを日本領だと主張する限り,韓日間の感情は対立せざるを得ません.
 アジア地域に於いて韓国と日本がこうした問題によって地域社会に不和を増大させる限り,日本は日本との間に苦痛の歴史をもつ数多くのアジア諸国から歓迎されるのは難しく,こうした国々から維持役として遇されない限り日本は国連(訳註:安保理)常任理事国となる資格が無いと私は考えます.
 1810年代のデンマークの精神的指導者「グルントビラン」という方(訳註:正しくは「グルントヴィ (Nikolai Frederik Severin Grundtvig) 」だろう)のことが思い出されます.「外で失ったものを内に求めよう」.日本は既に内に於いて多くのものを創り出し得る国家となりました.天然資源の全く無い状態でも世界第2の経済大国となりました.日本の経営能力は世界的な資産なのです.独島なしでも日本は無限に繁栄することができます.独島のことをきれいさっぱり忘れてくれるなら,日本国は国際的に一層尊敬される国,名誉ある国となるでしょう.
 日本がどんなに領有権を主張しても,独島は日本領にはなりません.日本の国際的地位を下落させるばかりです.経済力にふさわしく心の面でも太っ腹であってほしいものです.
 私は何か考え違いをしているかも知れませんが,以上が私の甚だ小さな所見です.日本においでの友人の方々が私よりも一層多くお考えになり,韓日間に互いに役立つ美しいパートナーシップを拓いて行ければと思います.過去が痛ましかった分だけ私たちはより幸福になれることでしょう.

有難うございます

2005.4.11
韓国にて 池萬元 拝
 さて,上の文章に私がついつい反応してしまったのは,同文章がかつての盧武鉉政権の対日外交姿勢に酷似した表現や論法を多数含んでいるのが 奇異に見えたからです.
 「親日派狩り」の件を扱う途中で何度と無く触れたように,池氏は政治的には盧武鉉政権とは正反対の立場に立っており,また以前にも触れたように「いつまでも徒らに日本を恨んでばかりいないで,日本から積極的に学べ」という持論の持ち主だった筈です.
 そういう人物が,日本の国連安保理常任理事国入りを謂わば人質に取る形で日本にまたしても「心からのお詫び」を促す論法を用いたり,「進んだ国が率先して度量の大きさを示すべき」といった盧武鉉の甘えた対日要求をそのまま踏襲したかのような表現を用いてみたりする真意が何処にあるのか量りかねると思いました.
 一方で,「どうして古臭い過去史を持ち出して歴史の針を逆に進めようとするのか」などのくだりを見るに,見方によっては日本に仮託して韓国を批判しているように見える箇所があちこちに見受けられます.何せ「古臭い過去史を持ち出して」いるのは韓国側ですから.
 そんなこんなで,ひとつ探りを入れてみようかな,と思って投稿したのが 以下の文章です.
池萬元所長へのお答え

 私は さる3月初頭の所謂「親日擁護発言」騒ぎ以来 貴サイトを興味深く読ませて戴いている日本人です.
 さる4月11日に掲載なさった「日本の友人ならびに知識人の方々へ」 (No. 1644) と題した文章を拝読いたしました.
 池萬元所長が日本の「礼節と信用」を高く評価して下さっていることは,一人の日本国民である私にとっても非常に喜ばしい事ですが,ここで「礼節」とは決して相手に対する無条件/一方的な譲歩を意味しないということを 今更ではありますが申し上げておこうと思います.
 池萬元所長は同文章の中で「進んだ国,裕福な国がまず率先して『大きな考え』を持たなくてはならない」という主張──これは昨年7月に済州島で行なわれた日韓首脳会談の記者会見の席での盧武鉉大統領の発言と非常に似ていますが──を行なっていらっしゃいますが,その「大きな考え」にしても日本自身の譲歩だけで成り立つものではありません.
 ともあれ,日韓関係をめぐって韓国国内の輿論が過激化の一途を辿り,挙句は政府指導者までが「外交戦争」なる不穏当な発言を行なうに至った中で,敢えてこうして両国間の対話の道を模索しようとする文章を公開なさることが 大変な勇気を要するであろうことは 想像に難くありません.民主社会に於ける言論の自由を守る為の こうした勇気に,私は無限の敬意を表するものです.

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 以下は池萬元所長が1644番の文章中で提起なさった3つの事項に対する私の持論です.


1. 歴史教科書について

 韓国が長い間支那の属邦であったということをはっきりと教えることは,近代日韓関係の歴史の意味を正しく理解する上で 必ず知っておかなければならない基本的事項であると考えます.
 韓国をはじめ,東アジアの様々な国が「中華」という虚構のもとで維持されて来た冊封体制を脱し,近代的な意味での独立主権国家として生まれ変わろうとする過程について 充分に理解しない限り,近代日韓関係の歴史的意味を功罪両面から客観的に理解することは出来ないからです.
 19951897年まで韓国が清国の属邦だったという事実については 池萬元所長も当然お認めのところですが,これについて歴史教科書中で言及することが もしも「両国の学生たちの間の交流と友情の為に望ましくない」のであれば,それは寧ろこれまでの「両国の学生たちの間の交流と友情」の存立の様式そのものに問題があるということではないかと思います.歴史を正しく教えるという行為は,いかなる政治的意図によっても影響を受けてはならないのです.


2. 慰安婦問題に関して

 ご存知のように,この問題を日本の歴史教科書中で扱うようにさせたのは,他ならぬ日本国内の「良心的」勢力が政府に対して加えた圧力の結果です.
 慰安婦問題の核心は「日本軍による強制」の事実があったのかどうかという点にあることについては,重ねて申し上げるまでも無いでしょう.しかしながら,この「強制性」については自称もと慰安婦ら自身の証言があるだけで,これを証明するに足る客観的根拠は 今日に至るまで何一つ提示されていないのが現状です.
 にも拘らず,その後 日本の歴史教科書には 慰安婦側の証言に基づいた一方的かつ独善的な記述があまりに多いのが現状です.まさにこうした文脈に於いて,先日の中山文科相の教科書発言──韓国人たちが「妄言」と呼ぶ あの発言──も行なわれているのです.
 こうした状況に於いて,これまで数多くの日本国民らが,あたかも自らの祖国が「性犯罪国家」であったかのような異常な歴史教育を受けて来たのです.もともと私もその一人です.
 また,最近では日本国民のこうした自虐的歴史観を政治的に利用しようとする勢力も少なくないだけに,慰安婦問題に関するこうした教育の現状は一日も早く是正すべき課題と言わざるを得ません.
 慰安婦問題が日韓関係に於いてこれほどまでに大きな懸案事項となっている事実を勘案すれば,これについて教科書中で全く触れないというのは現実的な選択ではないでしょう.従って当面は「強制性」があったかどうかについて是認/否認の両面から公正に掲載すべく記述を是正する以外に無いだろうと考えます.


3. 竹島領有権問題について (訳註:もちろん日本語式に「タケシマ」と書いてある)

 結論から先に申し上げるなら,領土問題に関してはあくまで国際法に従って平和的に解決するのが原則です.
 韓国メディアが日本の竹島領有権主張を「紛争地域化」と呼んでいる一方で,日本側でも多くの国民が韓国政府の態度を「実効支配の既成事実化」を意図したものと見ています.しかし,国際法に於いては,所謂無主地とは異なり 領有権対立のある地域をどんなに長い間占領しようとも それは「実効支配」とは認められません.不法占拠はあくまで不法占拠に過ぎません.
 従って,韓国政府および国民が「独島」を自らの領土だと主張するに足る国際法的正当性についての確信があるならば,彼らが為すべき事は その根拠を全世界に向けて堂々と主張することによって この領土問題を法的に完全に決着させること,まさにこれに尽きます.先日 馬山市議会が「テマド(訳註:対馬のこと)の日」を制定した時,これに抗議して自らの指を切ったり太極旗(訳註:韓国の国旗)を燃やしたりする日本人が ただの一人もいなかったのは,まさにツシマ(訳註:ここも日本語式に書いてある)が日本領であることに対する法的根拠と自信によるものです.
 法治に対する信頼と遵守の精神こそが「人類の普遍的価値観」であり,国際法を通じた国際紛争解決こそが その価値観に沿った道です.これに従うことの出来ない国こそ,隣国の国連安保理常任理事国入りの資格を云々する資格が無いのです.
 もしも韓国側が今後も国際司法裁判所に於ける竹島領有権問題決着に応じまいとし続けた場合,それは日本政府をしてこの問題を国連安保理に付託せざるを得ない事態に追い込み,ひいては日本国民らに「その日」に備える為の自国の防衛力強化に対する注意を喚起する結果を招くでしょう.
 もともと平和的に解決し得る国際的懸案事項を武力で解決せざるを得ない事態に至るのは,当事国双方にとって不幸な事です.韓国政府がこうした事態を望むのか,或いはより理性的な決断によって平和的解決の道を選択するのか,この点を数多くの日本国民は見守っています.

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 私の意見は以上の通りです.拙い韓国語でどこまで私の言わんとするところをお伝えできるか不安ではございますが,一人の日本国民の考えを知る上で些かなりともお役に立てばと存じます.

2005/04/12 すいか泥棒 拝
 何だよ「すいか泥棒 拝」って(笑).ふざけてると思われたかしら.けっこう真面目に書いたのになぁ.
 残念ながら 今日 (04/13) のお昼現在 池氏本人からは何ら反応がありません.代わりに韓国の一般読者たちのレスが多数あったようですが.しかも大半は例によって単なる罵詈雑言に終始するか,または本来の論点から大幅に逸脱するかのどちらかで,それらは既にあぼーんされているようです.

※その他のキーワード:池万元
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by xrxkx | 2005-04-13 12:23 | ◆ 池萬元 慰安婦発言
지만원 소장님께 드리는 대답
 以下は,かの親日擁護発言騒ぎの折に当blogにもご登場いただいた池萬元氏のwebサイト「System Club」に掲載された「日本の友人ならびに知識人の方々へ」なる文章への回答として,同サイトの「ネティズン寄稿」なるBBSに投稿したものです.いまは時間が無いので日本語訳は夜にでも掲載します.

저는 지난 3월초의 이른바 "친일 옹호 발언" 논란 이래 선생님의 이 사이트를 큰 관심있게 보고 있는 일본인입니다.

지난 4월11일 올리신 "일본인 친구 및 지식인들께" (No. 1644) 라는 제목의 글을 배독하였습니다.

지만원 소장님께서 일본의 "예의범절과 신용" 을 높이 평가해 주시는 것은 하나의 일본국민인 저에게도 매우 기뻐할 만한 일입니다만, 여기서 "예의범절"이란 결코 상대방에 대한 무조건/일방적인 양보를 의미하지는 않는다는 점을 새삼 말씀드려야 합니다.

지만원 소장님께서는 이 글 가운데서 "앞서가는 나라, 잘 사는 나라가 먼저 앞장서서 큰 생각을 해야 한다"는 주장---이는 작년 7월 제주도에서 열린 일-한 정상회담의 기자회견 자리에서 노무현 대통령이 한 말과 아주 유사한 것인데---을 하시는데, 그 "큰 생각" 역시 일본 자신의 양보만으로 이루어지는 것이 아닙니다.

여하튼 일-한 관계를 둘러싼 한국 국내 여론이 갈수록 과격화되고, 심지어는 정부 지도자마저 "외교 전쟁"이라는 온당하지 못한 말을 쓰게 된 가운데서, 감히 이렇게 양국간의 대화의 길을 모색하려는 글을 공개하시는 일이 대단한 용기가 필요하리라는 것은 상상하기 힘들지 않습니다. 민주사회에서의 언론 자유 수호를 위한 이러한 용기에 대해서 저는 무한의 경의를 표하는 바입니다.


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아래는 지만원 소장님께서 1644번 글 중에서 제기하신 3가지 사항에 대한 저의 생각입니다.



1. 역사교과서에 대하여

한국이 오랜 동안 지나의 속방이었다는 점을 명백히 알려주는 것은, 근대 일-한 관계의 역사의 의미를 올바르게 이해하는데 꼭 알아야 하는 기본적 사항이라고 생각합니다.

한국을 비롯한 동아시아 여러 나라들이 "중화"라는 허구 아래서 유지돼 왔던 책봉체제 (冊封体制) 를 벗어나, 근대적인 의미에서의 독립 주권국가로서 다시 태어나려는 과정에 대해 충분히 이해해서야만 근대 일-한 관계의 역사적 의미를 공죄양면에서 객관적으로 이해할 수 있기 때문입니다.

1995년(※)까지만 해도 한국이 청나라의 속방이었다는 사실에 대해서는 지만원 소장님께서도 당연히 인정하시는 바인데, 이에 대해 역사교과서중에서 언급하는 일이 만약 "양국의 학생들 간의 교류와 우정을 위해 바람직하지 못하다"면, 이는 오히려 이제까지의 "양국의 학생들 간의 교류와 우정"의 존립 양식 그 자체에 문제가 있다는 깃이 아닌가 봅니다. 역사를 바로 알려는 행위는 어떤 정치적 의도에서도 영향을 받아서는 안되는 것입니다.



※ 原文には「1995年」と書いてしまったが,これは1897年の誤り.

2. 위안부 문제에 관하여

아시다시피, 이 문제를 일본 역사교과서에서 다루게 한 것은, 다름아닌 일본 국내의 "양심적" 세력이 정부에 대해 가한 압력의 결과입니다.

위안부 문제의 핵심은 "일본군에 의한 강제"의 사실이 있었던지의 여부에 있다는 점에 대해서는 두말할 필요가 없을 것입니다. 그런데 이 "강제성"에 대해서는 위안부였다는 사람들 자신의 증언이 있을 뿐, 이를 증명할 만한 객관적 근거는 오늘날에 이르기까지 하나도 제시되지 않고 있는 현상입니다.

그럼에도 불구하고 그후 일본의 역사교과서에서는 위안부측의 증언을 근거한 일방적이고 독선적인 기술이 너무나 많다는 현상입니다. 바로 이러한 문맥에서 지난날의 나카야마 문부과학상의 교과서 발언---한국인들이 "망언"이라 부르는 바로 그 발언---도 나오고 있는 것입니다.

이러한 상황에서 이제까지 수많은 일본 국민들이 마치 자신의 조국이 "성범죄 국가"였던 듯한 비정상적인 역사교육을 받고 온 것입니다. 본래 저도 그 중의 하나였습니다.

또한, 최근에는 일본 국민들의 이러한 자학적 역사관을 정치적으로 이용하려는 세력도 일본 국내외에 적지 않은 만큼, 위안부 문제에 관한 이러한 교육의 현상은 하루빨리 시정돼야 하는 과제라 하지 않을 수 없습니다.

위안부 문제가 일-한 관계에서 이까지나 큰 현안 사항이 돼 있는 사실을 감안하면, 이에 대해 교과서에서 전혀 언급하지 않는 것은 현실적인 선택이 아닐 것입니다. 따라서 당분간는 "강제성" 여부에 대해 시인/부인 양면에서 공정하게 게재하도록 기술을 시정할 것 밖에 없으리라 생각합니다.



3. 타케시마 영유권 문제에 대하여

먼저 결론을 말씀드리자면, 영토 문제에 관해서는 어디까지나 국제법에 따라서 평화적으로 해결하는 것이 원칙입니다.

한국 언론들이 일본의 타케시마 영유권 주장을 "분쟁지역화"라고 부르고 있는 한편, 일본측에서도 많은 국민들이 한국 정부의 태도를 "실효지배의 기성사실화"를 의도한 것으로 보고 있습니다. 그러나 국제법에서는 이른바 무주지 (無主地) 와는 달리 영유권 대립이 있는 지역을 아무리 오랜 동안 점령하더라도 그는 "실효지배"로 인정되지 않습니다. 불법 점거는 어디까지나 불법 점거일 뿐입니다.

따라서 한국 정부 및 국민들이 "독도"를 자기 땅이라고 주장할 만한 국제법적 정당성에 대한 확신이 있다면, 그들이 해야 할 일은 그 근거를 전세계를 향해 당당하게 주장함으로써 이 영토 문제를 법적으로 완전히 결착시킬 것, 바로 이것뿐입니다. 지난날 마산 시의회가 "대마도의 날"을 제정했을 때, 이에 항의해서 자신의 손가락을 자르거나 태극기를 불태우는 일본인이 단 한 명도 없었던 것은 바로 츠시마가 일본땅임에 대한 법적 근거와 자신감 때문입니다.

법치에 대한 신뢰와 준수의 정신이야말로 "인류의 보편적 가치관"이며, 국제법을 통한 국제분쟁 해결이야말로 그 가치관에 어울린 길입니다. 이에 따르지 못하는 나라야말로 이웃나라의 UN안보리 상임 이사국 진출 자격을 운운할 자격이 없는 것입니다.

만약 한국측이 앞으로도 국제사법재판소에서의 타케시마 영유권 문제 결착에 응하려지 않을 경우, 그것은 일본 정부를 하여금 이 문제를 UN안보리에 회부할 수 밖에 없는 사태로 몰아넣을 것이며, 나아가 일본 국민들에게 "그 날"에 대비하기 위한 자국의 방위력 강화에 대한 주의를 환기하는 결과를 초래할 것입니다.

본래 평화적으로 해결할 수 있는 국제적 현안 사항을 무력으로 해결할 수 밖에 없는 사태에 이르는 것은, 당사국 쌍방에 불행한 일입니다. 한국 정부가 이러한 사태를 원하는지, 아니면 좀 더 이성적인 결단으로 평화적 해결의 길을 선택하는지, 이 점을 수많은 일본 국민들이 지켜보고 있습니다.


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저의 의견은 이상과 같습니다. 서투른 한국어로 저의 뜻을 어느 정도 전해드릴 수 있는지 불안감도 있기는 하지만, 하나의 일본 국민의 생각을 아는데 조금이나마 도움이 되셨으면 합니다.



2005/04/12 수박도둑 올림

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by xrxkx | 2005-04-12 13:47 | ◆ 池萬元 慰安婦発言