人民大会堂での連戦4・29発言のこと
 国民党の連戦が 先日(04/29)に北京で胡錦涛と会談し(more欄に発言全文控え),北京大学で講演も行なうなど「両岸和解」ムードの演出に力を入れています.連戦はたしか今年8月で国民党主席の座を退くので,政治家としての最後の花道を飾りたい気持ちはあったのでしょうが,そんな都合で彼のおもちゃにされる台湾の民意にすれば よい面の皮でしょう.

 発言中,連戦が自らの党を「中国国民党」と称していることが示すように,彼が語っている歴史とはは あくまで支那の一政党たる国民党の歴史であって 台湾の歴史ではありません.
 連戦および胡錦涛にとっての「両岸」の和解とは,現在支那を支配している党と,支那を逃げ出してもなお台湾を不法占拠し続けている党という,二つの支那の政党間の和解であって,台湾人と支那人との和解ではありません.台湾にとって《宿無し占領軍》に過ぎない蒋介石の残党たる国民党が 何年ぶりに共匪と相見えようが,或いはその軍門に下ろうが下るまいが,それは支那の内政問題であって台湾人とは関係無い事です.
 ちなみに,連戦の発言中,「両岸」は8回登場するのに「台湾」が1回も出て来ないのは象徴的です.台湾住民の意思を代弁し その利益を代表して発言する資格が自分には無いという自覚くらいは,さすがに連戦にもあるようです.

 とはいうものの,台湾と支那との関係が筋目論としてどうであるか もしくは どうあるべきかということと,今回のような支那人どうしの自作自演が諸外国にどのように見えるかということとは別問題でしょう.
 今回の「連胡会」の演出により,中共側としては「反分裂法」で浴びることになった国際社会からの非難を帳消しにすることに ある程度成功したことになります.それどころか,台湾建国派がここで自らの立ち位置を明確にしておかなければ,
台湾と支那との関係は,朝鮮やベトナムと同じく 東西イデオロギー対立が産んだ分断国家の関係である
とする 著しく事実に反した国際通念が,今回のような演出によって罷り通る事態にすら至りかねません.そのことが何を意味し何をもたらすであろうかは,建国を希う台湾人なら斉しく理解する所でしょう.

 こうした事態について,与党・民進党が どの程度危機意識を持っているのかに関しては,残念ながら かなり疑わしい面があります.
 一応こんなのがあるにはあったのですが,弱い.要するに「野党としての立場を弁え,あまり出すぎた真似をするな」と言っているだけです.第一,これでは台湾建国派の立場を代表しての発言にはなっていません.こういうときだからこそ,一々アメリカを持ち出したりせず 自分の言葉で台湾の主権確立へのビジョンを語るべきだと思うのですが.…もっとも,それが出来るくらいなら宋楚瑜と手を組んだりしないか.
 本来でしたら,連戦が支那を訪問するなら陳水扁総統も思い切って電撃訪米くらい敢行したらよいのです.どうしても本人が無理なら民進党の然るべきポストの人物を海外歴訪に出すとか.中共との覇権競争に敗れた外来政権の残した 猫の額ほどの「外交空間」にいつまでも恋々としていてよい時勢ではありません.だからこそいつまでも「中華民国」でいたのでは二進も三進も行かない.
 同日夜 追記.中共への会談呼びかけの動きなら 一応あるにはあります.私はこういうのを第三国でやるのがよいと思ったのですが.
 脱線.私が未だによく分からないのは,
李登輝前総統の現役時代から少しずつ推し進められて来た 所謂「台湾国民党」路線は,これで完全に雲散霧消したと考えてよいか
という点です.国民党の中にも本土派はいます.彼らは今後どうする気なのか.さすがに国民党の再度の分裂にまで至る可能性は少ないにしても,今回の会談が何かしらの形での台湾政界再編に繋がる可能性は無いのか.
 今年2月末の台湾の輿論調査では現状維持派が4割を超えたそうですが,台湾人が「両岸」関係の現状維持を望むとしても,日々変化し続ける海の向こうの情勢が それを許さないでしょう.中共は台湾併呑の野心を隠そうとしません.「反分裂法」がその硬の側面だったとするなら 今回の会談は軟の側面を受け持つものになるでしょう.台湾人にとっての「現状維持」とは畢竟「支那人の野心を目の当たりにしながらの無為無策」の婉曲表現でしかあり得ません.

 なるほど,米高官の口からしばしば繰り返される「台湾海峡情勢の現状を変化させようとする如何なる一方的な企てをも支持しない」という発言や,日本の外交当局者がしつこいほど繰り返している「『2つの中国』や『一中一台』を支持しない」といった支那への行き過ぎたリップサービスもしくは阿諛迎合が,台湾人のこうした現状維持指向への退嬰を後押ししてしまっているという困った面はあるでしょう.このことに対しては,昨年07/30にも引用した黄昭堂氏の文章が よい回答になっているように思えます.曰く,
しばしば問われることだが、「新生国家台湾が誕生したら、米国は承認するだろうか、日本は承認するだろうか」である。これを称して、世迷い言という。台湾が真の主権国家になる努力をしないで、事前に外国から承認の予約をとるのは本末転倒だ。水面下の交渉ならいざ知らず、外国が「台湾を承認する」と公言するはずはない。事態が発生してから、外国は初めてそれに対処するのだ。もっとも、新生国家台湾の誕生は、予想し得ることなので、諸外国には腹案ができているかも知れないが、事前の公言はありえない。新生国家台湾の誕生が先で、その次が諸外国の悩む番である。

新生国家台湾の誕生までのタイムテーブルはない。それは、明日でもあり得ることだ。
 今回の会談を通じて,より多くの台湾人たちが台支関係の「現状維持」など幻想に過ぎないということを自覚してくれることを 強く望みます.甘んじて支那に併呑される道を選ぶにせよ,一人前の独立主権国家としての建国を早期に果たすにせよ,台湾人にとっての持ち時間はもうそう多くは残っていません.



◇ 連戦発言 全文控え ◇
  胡・総書記、紳士ならびに淑女の皆さん。本日、私自身と妻、そして中国国民党の3人の副主席と多くの友を率いて、全員で胡・総書記の招聘をお受けして大陸を訪問することができました。北京、南京、西安、上海への訪問です。私はまず、この場で心の底からの感謝を申し上げます。

  ここ数日、仕事にかかわるすべての皆さんに、力を尽くし、心を尽くしていただきました。我々の旅程は非常に順調であり非常に愉快なものでありました。彼らに対して、とくに感謝を申し上げたいと思います。

  先ほど総書記がおっしゃったように、本日国民党と共産党が一堂に会したということは、60年ぶりの出来事です。両岸に分かれてから56年に行われた両党の意見交換の中でも、最高レベルのものです。大変に貴重なものなのです。

  私は率直に申し上げたいと思います。この道のりは、決して容易なものではありませんでした。言葉を変えるなら、台北から北京へ、台北から南京への道のりは遠くはありません。しかし、歴史の辛酸により、本日の会見に至るまで、我々は紆余曲折を経なければなりませんでした。そのため、私は会うのが遅すぎたという気持ちすら感じているのです。

  もちろん、中国国民党と中国共産党は過去において激突したということがあります。我々はすべて、その歴史的過程を知っています。ただし、歴史というのは、すでに過去のことなのです。我々は、その時、その時刻にもどって歴史を変えることはできません。ただし、未来というものは、我々の手の中にあるのです。

  もちろん、歴史の過程というものは平坦なものではありえません。ただし、この不確定な時代、不確実な未来というものは、我々に多くの機会を与えます。我々はそれらにすべて勇敢に立ち向かい、未来を迎える主導的な立場にあるという理念で、未来を追及するのです。「去るものは求めず、来るものを追い求める」ということなのです。

  今日私が切実な期待を胸に抱き、この場に来ることができ、総書記とみずからお会いして、皆さんと意見を交したということは、そういうことなのです。

  これは私自身の考えですが、今日の両岸の形勢に関しては、我々が非常に遺憾に思うことがあります。というのは、皆さんがご存知のように、1992年に双方が努力をし、不眠不休で昼も夜もなく努力を重ねた結果、やっと打ち立てた基本的な共通認識があるわけです。

  この共通認識を基礎に、我々は1993年に辜振甫先生と汪道涵先生の会談を進め、40年来の膠着した局面を打破しました。

  両岸の人々はそろって喝采しました。そして、未来に対する希望が満ちあふれました。私は当時、行政にたずさわっていましたが、私自身と国民党が堅持する考えを現実的なものにするために、私も全力で協力しました。辜・汪両先生の会談の後、両岸関係は約8年間にわたり、非常に安定して、発展的で密接な交流が実現し、事態は正しい方向へと発展していったのです

  しかし遺憾ながら、このところ10年間に発生した事態は、だれもが承知しているように、我々が築き上げた進歩の過程から離れ、大きく挫折してしまったのです。

  ただし、私は同時に非常に喜ばしいことも感じています。それはすなわち、胡・総書記が1-2カ月前に言及した平和の呼びかけが、平和への希望が、我々に対して正面を向く思考の方向を与えてくれたことです。

  本日、私個人は国民党の主席でありますが、同時に一人の人間として、感情をたずさえ、平和への期待をたずさえ、同時に民族のひとりとしてこの地にやってきたわけです。

  私は、我々がここに来たことにはいくつかの意義があったと思います。ここで、皆さんにご報告しましょう。まず、50年あるいは60年前の国共間の関係、思考方式、構造をもって問題を考え、私の訪問を思考する人がいます。しかし、私は、我々はすでにあの時代とあの構造をはるかに超越したのです。

  本日、総書記が語られたように、我々は善意から出発し、信頼をもって基盤とし、両岸人民の幸福をもって到達点とし、民族の長期にわたる利益を目標にするのです。

  私はこういった基盤の上に立ち、絶対に対峙や対抗してはならない、まして衝突してはならないと信じます。必要なのは和解であり、対話であるのです。

  我々は和解や対話といったやりかたは、民意を基礎とし、民意の力によるものだと信じます。これに関しては、いちいち多くのデータを示してみなさんをわずらわせる必要もないでしょう。

  次に、平和は皆が望むことでありますが、平和というものは、道筋があり、到達のための構造があるということです。

  構造とはなんでしょうか。国民党と中国共産党は、1992年に非常に苦労をして一つの平和への道筋である「一中各表(一つの中国をそれぞれが表現している)」という基礎に到達することができました。もちろん、不幸なことにここ数年、この基礎が曲解され捻じ曲げられ、別の意味を持つようになってしまったということは、皆さんがご存知のとおりです。

  しかし、我々国民党には何の変化もありません。我々も、この基礎の上に、両岸の明るい未来の情景を構築していきたいのです。

  さらに、私はこの機会をお借りして、特に指摘をさせていただきたいと思うのですが、このたびの訪問は国民党として非常に得がたい契機でした。このようなすばらしい契機に恵まれたのです。現在こそ、我々は現状を把握し、共に未来を創造していくために、過去の歴史を総括することができる契機なのです。

  したがって、こういった理念のもとで、私は望んでいます。過去の悪性の循環を、再び出現させてはなりません。我々はひとつの良性の循環を築くために、力を尽くさなければなりません。点から面へと善意と相互理解を累積していくのです。私はこの種の拡充が、ひとつの非常に堅実な基礎を築いていくと信じています。

  悪性の循環により、互いに恨むようになれば、それが点から線へ、さらに面へと広がっていきます。相互信頼は崩れてしまい、善意はなくなります。そうなれば、我々はみな、損害を被ってしまうのです。

  したがって本日は、私はこのような心情をもって、率直に総書記をはじめとする皆さんに、私自身が経験したことをお話しいたします。

  国民党の主席および副主席、さらに党幹部が南京紫金山の中山陵に詣でることができたのは、この56年間ではじめてのことでした。私の心情は、とても感傷的になり複雑な思いでした。ただし、感謝の気持ちでいっぱいでした。

  中山先生は、息を引き取る際に、皆が平和に奮闘して中国を救えとの言葉を遺しました。平和に奮闘ということは、あの時代だけに通じる言葉だけではありません。皆が努力しなければならないことです。それは今日に至っても同様であり、私も信奉しつづけていることです。

  このような精神を持ち続ければ、我々双方の理解と信用を強めていけると信じています。両岸の人民に対して、もっとよい、もっと多くの安定と、もっとすばらしく、もっと大きな繁栄をもたらすことができると信じています。さらに重要なこととして、両岸に対して光明と未来への希望をもたらすことができると信じています。これが本日この場で、まず総書記と皆さんに表明したい、私の考えなのです。ありがとうございました。

[PR]
by xrxkx | 2005-05-02 13:55 | 台湾建国によせて