タイヘイノ ネムリヲ サマス
 春暁ガス田付近に支那の駆逐艦2隻が現れたというニュースが昨25日に流れていたのをご覧になった方も多いことと思います.この話,昨日取り上げようと思ったのですが,ニュースを読んでいて どうも気に掛かることがあり,書くのを躊躇っていました.

 第一に,海自の哨戒機が当該艦の存在を確認したのは22日夜とのこと.ニュースが上がって来るまでに丸2日以上経っているというのはどうにも遅すぎる.昨年11/10の支那原潜による領海侵犯事件の際に 官邸や防衛庁があれだけ「対応の遅れ」を指摘された後だというのに,です.また誰かさんが情報の握り潰しを図ったか,と勘繰りたくもなります.
 第二に,海自が当該駆逐艦2隻を発見した地点について,単に「春暁ガス田付近の公海」とあるだけで,「日中いずれのEEZ内だったのか」「当該艦が日本の防空識別圏内に入った事実は無かったのか」といった詳しいことは何も書かれていないのが腑に落ちない.これでもし日本側EEZに入って来ていたのであれば由々しき事態なのですが.

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 言うまでも無く,これは中共のいつも通りの《探り》でしょう.「どこまでやっても日本は目を瞑っているかな」という 謂わば間合いを,関ヶ原前夜の家康よろしく 中共は以前から入念に計っている.
 昨年春から中共が日本近海での海洋調査活動を以前にも増して活発化させており,殊に沖ノ鳥島に関しては「あれは島ではなくて岩アルヨ」などと平気で言い出し,同島周辺の日本のEEZを「設定されない」として堂々と侵犯しているのは周知の事実.そうした中,日本は専ら形ばかりの抗議に終始して来た経緯があります.
 EEZどころか,原潜による領海侵犯事件まで起きても,官邸は件の原潜が支那のものであることをなかなか公表しようとせず,また 真っ先に呼び付けて厳重注意すべき相手である王毅には和歌山くんだりで空弁当を使われ,挙句は「通常の訓練過程で 技術的な原因から誤って日本の領海に入った」などとする「遺憾の意」の表明を「陳謝と受け止める」という言語道断の腰抜けぶりを世に晒したのは記憶に新しいところ.当時の模様はこちらにあれこれ書いていますので ご覧下さい.

 本来なら こんな艦を見つけ次第,海自も直ちに当該海域にイージスなり潜水艦なりを向かわせるのが当然でしょうが,それで実際に支那の駆逐艦との間で発砲騒ぎでも起きた場合に,日本側には対処の為のマニュアルすら用意されていない…などというありさまでは どうにもなりません.どんなに高価な最新鋭の兵器を揃え,どんなに精鋭の将兵を育ててみても,いざという時に使えないのでは,何処ぞの土匪の頭目の言い草を借りれば「張子の虎」でしかない.
 また,今回の場合は相手は「海軍所属の海洋調査船」とか何とかではなく れっきとした戦闘艦なのですから,政府として公式のコメントくらいは出すべきでしょう.ガス田開発をめぐって中共当局が木で鼻を括ったような態度で繰り返して来た「話し合いを通じた解決」に何故駆逐艦が必要なのか,中共側がそういう態度に出るなら日本としてもやるべきことはいつ何時でもやる用意がある,くらいのことは全世界に向けて公言して見せておかないといけません.

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 世の中,何処ぞのカウボーイ国家のような分かり易い侵略の仕方をしてくれる国ばかりではありません.中共が日本に対して盛んに仕掛けて来ているように,右手で握手を求めながら 左手で相手の懐から財布を掠め取るようなやり方というのもありますし,一握りの超大国を除いては むしろその方が主流でしょう.
 支那人や かつてのイギリス人のような国民は こうした寝業師的な真似を造作も無くやってのけるでしょうが,日本人はえてしてこういうのに弱い.相手との摩擦を極端に忌み嫌うがあまり,平和外交の皮をかぶった敗北主義に堕落するか,さもなければ いたずらに悲憤慷慨するあまり 後先考えず「死してのち已む」式の集団暴走を始めるか,といった外交感覚の振れ幅が 無闇やたらと大きい.だからこそ王毅ごときにあれだけやりたい放題やられる.

 とは言うものの,国防というものに正面から向き合うのを避け続けて来たことへの後悔と 将来への危機感を 日本人がこれほど強く持ったことは 戦後この方一度も無かったでしょう(大体,10年前の日本の新聞の社説欄に 現在のように日常的に「国益」を大上段に唱え得る雰囲気があったか?).専ら「平和憲法」なるものの幻想の中に退嬰し続けて来た日本人たちの為に,支那人が わざわざこうして危機意識を喚起してくれている.これは 考えようによっては この上なく有難い話です.
 「歴史を鑑とし…」は当世の支那人が愛してやまないお題目ですが,その昔 日本が泰平の眠りから覚め,欧米列強に伍して近代国家建設の道を歩む発端となったのが かの黒船騒動だったという 日本では小学生でも知っている「歴史」を,どうやら支那人は知らぬと見える.

 「武力を持たないことが国際平和実現の第一歩」という一種のユートピア思想が 戦後日本に於いてこれほどまでに幅を利かせて来たのは,初期に於いては勿論GHQの占領統治の妙でもあり,その後はそれに便乗した中共が日本の言論界に隠然たる影響力を行使し続けて来た結果でしょう(近頃は何処ぞの半島人もその猿真似をしているようだが).しかしながら,とかくアメリカのユニラテラリズムに警鐘を鳴らし 国際協調を提唱することを好む人々が その一方で 他ならぬ「協調すべき相手」による 国際和平・国際秩序への露骨な挑戦に対して あまりに無頓着であることの欺瞞性に,今や多くの国民の目が注がれつつあります.共産ゲリラの末裔が上野のパンダで日本人をまんまと籠絡し得たのも今は昔.当世では「漢」級原潜はパンダより大きな声で鳴いてくれます.
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by xrxkx | 2005-01-27 00:17 | 時事ネタ一般