【日韓首脳会談】せっかくですからベトナムでどうぞ
 例の韓国の核実験に政府が関与していたことが露見したらしいというニュースを今日読んだので,韓国のサイトで関連記事を探していたのですが,めぼしい記事が見つからない代わりに なかなか楽しい社説を見つけました.

● 韓日頂上会談,偏狭な「鹿児島」論乱 ─京郷新聞 2004/11/07 (原文
 来月中旬に開かれる韓日頂上会談の開催場所が日本・九州の鹿児島に決まったことを受けて,遅まきながら論議が紛糾しているようだ.日本の明治維新期の1870年代,征韓論を主張した西郷隆盛の根拠地だった薩摩が 今の鹿児島である.また,第2次大戦の頃 神風特攻隊が発進した基地のあった場所でもある.外交部はこうした理由から鹿児島が不適切な場所であるとして変更を検討中であることを示唆した.しかし「常識的にあり得ない」とする日本外相の発言後には「特に問題なし」と折れるなど,去就定まらぬ態度を見せた.
 外交部の所信無さ・相手の顔色をうかがう態度も問題だが,果たして「鹿児島頂上会談」が外交慣例に背いてまで変更を検討するほど重大な事案なのか疑わしい.そんな事を言い出したら,日本全国に軍国主義と関わりの無い場所などどこにあるのか.鹿児島が幕府時代の没落を象徴するなら,靖国神社のある日本の首都・東京こそ,(訳註:日本が)天皇主義と軍国主義へと突っ走って行った象徴的な場所だ.明治維新以後,東京をはじめ全国あちこちに建てられた神社は,今も戦争を美化する右翼勢力の拠り所であり 教育の場として機能している.
 外交部が場所変更を検討していたのは,昨年の盧武鉉大統領の「顕忠日訪日」論乱も勘案してのことだろう.しかし,韓日外交もそろそろこうした狭量さから脱皮すべき時だ.1ヶ月前に両国のトップが合意した場所をめぐって今更「誰々の故郷」を云々するのは料簡の狭い姿勢だ.「征韓論発祥の地」であればこそ,そこで歴史の意味を(訳註:日本側に)悟らせ,日本自ら過去史を反省するよう誘導する積極的外交の場として活用することも出来るのだ.
 来年は韓日修交40周年,解放60周年である.両国間には過去や現在・未来の関係の為に解決しなくてはならない懸案が山積している.枝葉末節や形式上の問題にとらわれるより,実質的に対日外交の力量を蓄積してゆく姿勢が必要だ.
 ざっとおさらいしておきますと,日韓首脳会談の日程・場所については さる10/09にハノイで行なわれた日韓外相級会談で正式決定していました.その後の経緯は概ね次の通り.
日韓首脳会談:12月中旬に鹿児島で開催へ ─毎日 10/08
日韓会談「鹿児島やめて」 韓国、西郷さん出身地嫌う? ─朝日 11/04
日韓首脳会談、予定通り鹿児島で 記者会見で外相 ─産経 11/05

 それにしても,今更ではありますが 「歴史の意味を悟らせ,日本自ら過去史を反省するよう誘導」とは恐れ入りますね.
 歴史の全局面にわたって彼らの思考様式を支配している被害者意識.その根底にある,無力感・屈辱感・劣等感.そこから逃れる唯一の拠り所としての自己肥大.その三者の結晶(煮こごり?)として生み出される
「平和を愛する民族,終始他国の侵略を受け続けてきた歴史,それでも育んできた優れた文化」
という 薔薇色の世界観・歴史観.その一方で,自分たちの加担した元寇にしてもベトナム戦争にしても,「生きて行く為に仕方なかったニダ」の一言で免罪.
 「歴史の意味」を悟り「過去を反省」する必要に迫られているのが 果たしてどちらの側なのか,彼らは未だに理解できずにいるものと見えます.

 ちなみに社説中で言及されている「顕忠日訪日」については,例えば↓これ
盧大統領の訪日での発言に歴史学界から批判相次ぐ ─朝鮮日報 2003/06/09

 要するに,大統領の思惑がどうであれ 国民の反日感情には逆らえないわけで,公式の場ではとにかく日本を非難して見せないと支持率を取れない体質が既にしっかり出来上がってしまっているということです.
 もっとも 戦後韓国をそういう国にしてしまったのは他でもない韓国人自身なのですが.

 たった一つだけ評価できる点があるとするなら,「韓日外交の狭量さ」とやらの原因が他ならぬ韓国側の態度にあることを 京郷新聞が認めているという点でしょう.日韓関係の多方面にわたり,双方に何の利益にもならぬこうした我儘を 韓国側が「外交慣例に背いてまで」主張して来たのは,何もこれが最初ではないということを,この際十分に自覚してほしいものです.
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by xrxkx | 2004-11-08 21:47 | ここが変ニダ韓国人