【曽我夫判決】もういいから朝日は黙っていてくれ
 小ネタ.あの新聞の昨日の社説から.

夫の判決――曽我さん、良かった ─朝日 社説 2004/11/06

 こういう前歴の持ち主が一体どの面下げてこういう社説を書けるのか.開いた口が塞がらない.
# だいたい,《フルアドレス晒し》なんて 相手が拉致被害者家族でなくても やらないでしょう,普通の神経の持ち主なら.
 ジェンキンス氏は、在韓米軍に配属されていた65年に北朝鮮へ脱走した。
 夜のパトロールが怖くて、ビールを飲んで任務についた。ベトナムの激戦地に送られるのを恐れて逃げた。北朝鮮から当時のソ連に亡命し、いずれは米国に帰れると期待していた。軍法会議でそんな証言をした。
 彼にとっては、若き日の過ちだったということなのだろう。
 朝日の記者というのは かの珊瑚礁事件以来 若いままなのでしょうかね.こういう新聞はもう拉致報道などして下さらなくて結構.



----
朝日 社説 全文(2004/11/06)
 曽我ひとみさんの夫、チャールズ・ジェンキンス氏は、米軍法会議から脱走罪などで禁固30日などの刑を言い渡され、米軍の施設に収監された。

 実刑とはいえ、罪の重さを考えれば異例に刑期の短い、寛大な判決だ。遅くても1カ月後には、曽我さんは一家4人で心おきなく暮らせるようになる。本当に良かった、と思う。

 祖国をみずから捨てたジェンキンス氏と、祖国から無理やり引き離された曽我さん。ふたりが出会った北朝鮮での暮らしについて、曽我さんは軍法会議でこんなふうに語った。

 北朝鮮に拉致された2年後、英語を教えてもらうためにジェンキンス氏と会い、監視役の指導員から結婚を勧められた。結婚は知り合って38日後だった。

 停電が続く厳しい冬の寒さ。配給の米や小麦の乏しさ。鉄条網で囲まれた不自由な日々。そんななかで、夫は家族3人を心から愛してくれた。

 そして「家族の小さな幸せをもっと大きな幸せに出来るように、今、私はそれだけを願っております」と。

 ジェンキンス氏は、在韓米軍に配属されていた65年に北朝鮮へ脱走した。

 夜のパトロールが怖くて、ビールを飲んで任務についた。ベトナムの激戦地に送られるのを恐れて逃げた。北朝鮮から当時のソ連に亡命し、いずれは米国に帰れると期待していた。軍法会議でそんな証言をした。

 彼にとっては、若き日の過ちだったということなのだろう。

 判決の内容は、司法取引が成立した段階で事実上決まっていたと思われる。拉致問題に対する日本の世論を踏まえた、米政府の特別の配慮もあったはずだ。

 加えて、判事を務めた女性の法務大佐は、在日米陸軍司令官に対して、刑の執行を猶予するよう勧めた。35分間におよんだ曽我さんの証言も、途中で打ち切らせることなく、最後まで聞いた。

 夫の釈放後、曽我さん一家は新潟県佐渡市に住むことになる。平壌の大学で英語を学んでいた2人の娘さんには、安定した家庭環境で勉学を続けてほしい。

 帰国した拉致被害者5人はすべて夫や子どもと一緒に暮らすことになった。

 だが、北朝鮮が「死亡・不明」とした10人の再調査に進展は見えない。曽我さんの母ミヨシさんの情報は何も伝えられていない。中学校からの帰りに拉致された横田めぐみさんの「死亡証明書」はでたらめだったことが分かった。

 北朝鮮を脱出した人が持ち出したとされる写真の人物が、60年代や70年代に日本で姿を消した人の顔立ちとそっくりという事例も、報告されている。

 拉致問題をめぐる3回目の日朝実務者協議が来週、平壌で開かれる。北朝鮮は自分たちが連れ去った人々のその後を誠実に調べ、その情報を包み隠さず日本側に伝えるべきである。

 あたり前の暮らしを引き裂かれた人たちの苦しみに、北朝鮮は応えよ。

[PR]
by xrxkx | 2004-11-07 14:11 | 時事ネタ一般