《いまどきの韓国人》の統一観の一例
昨日,京郷新聞のサイトのトップに 次のような見出しが載っていました.

● [明日を開く歴史] 国保法と非戦争・非吸収統一 ──京郷新聞 2004/10/11 18:54 (原文)

某大学の総長をしている人物による論説文(more欄に全訳あり)ですが,論旨を要約すると,
  1. 南北統一にあたっては,ベトナムのような戦争による統一,およびドイツのように一方が他方を吸収することによる統一の いずれの方法も成功しなかったし,今後もしないだろう.
  2. 従って,韓国の場合は平和統一の道を選ばざるを得ない.
  3. その為には,北朝鮮を「政府僭称反国家団体」と規定した国家保安法は廃止しなくてはならない.
というもの.要するに国保法が南北統一の妨げになっていると この人は言う.

 この著者は,「朝鮮半島では平和統一以外の道はあり得ない」という基本認識に読者を無理やり誘導しようとするあまり,「南北統一をめぐる今までの動きがどうだったか」と「今後の展望がどうなるか」を意図的に混同して論じようとしています.この前提が既におかしい以上,そこから先の推論がナンセンスなものにならざるを得ないのは当然です.

 「戦争による南北統一が達成不可能」であるという根拠として 著者が挙げているのは,「大陸勢力と海洋勢力の間に位置する朝鮮半島の地政学的位置の問題」だけです.そんなことを言い出したら,ドイツはともかくベトナムはどうなのか,と誰もが思うでしょう.
 冷戦時代が終焉を迎え,南北対立がその動機もしくは必然性を失うと同時に,この記事の著者のような韓国人たちの世界観は 李朝末期のそれと大差無い水準まで退嬰してしまったように見えます.著者がここで南北対立を冷戦の遺物として捉えず,「自由主義陣営と社会主義陣営の対立」ではなく殊更「大陸勢力と海洋勢力」の対立の産物であるかのように捉えようとしているのは,今日の朝鮮半島が 帝国主義時代の列強による覇権競争の場でもなければ 冷戦期の東西両陣営のイデオロギー対立の最前線でもないという 当たり前の事実,および今日の南北間の緊張の激化が専ら北朝鮮という《国際社会の放蕩児》と それを甘やかし庇い立てし続ける韓国の親馬鹿的な「太陽政策」の産物に過ぎないという事実から目を背けようとする この種の韓国人の思考様式の現れに他なりません.
 「朝鮮戦争によっても統一は実現されなかったではないか」と著者は言います.これとても,東西冷戦体制のごく初期,しかも南北朝鮮が建国から2年しか経ていない時代の戦争の結果を以て 冷戦終結から10年以上も経た今日および今後の戦争の結果を論じることに 何ら説得力があるとも思えません.こうした考え方の背景にあるのは,「再び同一民族同士の戦争をしたくない」という彼らの独りよがりの願望以上の何ものでもないように見えます.

 一方の吸収統一について,「ドイツ統一から14年が過ぎたにも拘らず,わが国土は吸収統一もされていない」と述べ,その理由を「吸収統一の結果が戦争統一と変わりない」ことに求めようとしています.「ドイツでは東西を問わず相当数の人々が吸収統一を後悔している」などとも述べています──その「相当数」がどれくらいなのか知りませんが──が,こうした 対北吸収への警戒感の基底にあるのは,ひとえに「北を吸収した後の統一朝鮮に出現するであろう大量の難民を食わせて行く算段が立たない」という財政的要請でしょう.何しろ南北朝鮮の人口は南が4500万ほど,北が2000万余りだそうですから,これを合わせれば,統一朝鮮はその発足時に於いて 総人口の1/3近い事実上の難民を抱えることになります.

 ここで もうひとつ注目しなくてはならないのは,この著者が「戦争によってであれ吸収によってであれ 統一がもたらす結果に大差は無い」と断定するにあたって挙げている「吸収した側の体制を吸収された側で強行」するというくだりです.
 冷戦期の真っ只中,徹底した反共教育の中で育ち,それへの反発を民主化運動のひとつの原動力としていた世代にとって,「思想の自由」とか「体制を超えた平和共存」とかいったフレーズは 《かつて自分たちの社会に於いては口にするのも憚られていた言葉》として 一種の魔術性を帯びて聴こえる──敗戦後の日本人の多くが,GHQの占領統治によって日本に初めて民主社会がもたらされたと錯覚してしまったのと似て──のかも知れません.
 ただ,東西対立が単なる相異なる2つの思想の対立・競争だったのではなく,一面では自由民主主義の全体主義・独裁政治に対する戦いでもあったという,たったそれだけの事実認識をすら,こうした人々は えてして意識の外に追い出してしまおうとする傾向があるように思えます.この点,日本の戦後左翼が「米帝」を激しく糾弾する傍らで スターリンや毛沢東らの狂気じみた個人崇拝や政敵の粛清には驚くほど寛容であったという事実を彷彿させるものがあります.

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 かなり前に読んだ 「世界のサラリーマン懐事情」なる雑誌記事の中に,386世代の一人である韓国人男性(44歳)が北朝鮮問題に言及している箇所がありました.彼の意見は この世代の韓国人の対北意識・統一観を雄弁に物語っているように思えますので,そのくだりだけ引用して結びに代えることにします(注意:太字は全て私が施したもの).
──李さんは,北朝鮮という国をどう見ているんですか.
「昔の朝鮮を支配した李王朝のような,王朝国家じゃないか」
──北朝鮮の核開発の問題はどうお考えですか.不安は感じていないんですか.
「怖いと思ったことはありません.おそらく北朝鮮を脅威と感じている韓国人は,いないんじゃないですか.
 例えば,こんな言い方をしたら変かもしれませんが,一般の人にとってヤクザ者は怖いですが,自分の家族からヤクザ者が出た場合,家族はその人間をあまり怖いとは感じないでしょう.我々韓国人が北朝鮮を見る見方もそれに似ています」
──しかし…….
 釈然としない私に,李は穏やかな視線を向けると,角張った顔が少しほころんだ.
「日本との交流も活発になり,日本人のいい面,例えば仕事でもコツコツと真面目に努力をして積み上げていくとか,私も韓国人にないものを日本人に感じています.日本のいい点も分かっているつもりですが……」と言うと,李は言葉を切った.
 そして,わだかまりを腹に溜めないという,李が語った韓国人の流儀を通すかのように,ゆっくりとした口調で語った.
「韓国ではかつて日本に支配された36年間の歴史が語られてきました.“近くて遠い国”,日本について昔からそう言われてきましたが,一般の韓国人にとって,その認識は今も同じではないか.
 北朝鮮についての日本での報道は,何か政治的に利用されているんじゃないかと.日本の軍備を見たとき,日本は今,軍事国家に向かっていると,韓国や中国の人は信じている.
 日本がもし憲法を改正して,自衛隊が軍隊になったら,いつか必ず攻めて来る.日本人がどんなに首を横に振って否定しても,韓国と中国はかつて日本に攻められて,痛い思いをしていますから,心の奥底でそう信じ,疑念を抱き続ける.
 北朝鮮が攻めてくる脅威を,我々韓国人が感じていない,それが理解できないのと同様に,韓国や中国の人たちがそんな疑念を心の奥底で抱き続けている感覚も,日本人には理解できないのかもしれません」
(出典: 「SAPIO」 2004/02/25号,p.41)




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(全訳)
[明日を開く歴史] 国保法と非戦争・非吸収統一 ──京郷新聞 2004/10/11 18:54 (原文)


 国家保安法を存続すべきだという主張がある一方,改正もしくはこの際廃止すべきだという主張もあり,またぞろ世の中が騒がしい.歴史的観点から見れば この問題は世の中が変化する限り必ずぶつかる問題でもある.「国保法」が我々の社会のホット・イシューとなるのは それが民族統一,それも平和統一の問題に直結しているからだ.
 第2次世界大戦後 分断された民族のうち,ベトナムとドイツは20世紀中に統一を成し終え,我々だけがそれをできなかった.後の人々は 6・15共同宣言から統一は始まったと言うかも知れないが,現時点で統一が完成したわけでは勿論ない.一体いつになったら統一できるのかという声もしばしば聞くが,我々の統一は いつ成されるかよりも どのように成されるかのほうが重要であり,「国保法」の存廃も この点に直結している.

戦争統一不可 「6・25の教訓」

 ベトナムは戦争統一し,ドイツは吸収統一した.ドイツの場合 吸収とは言っても,吸収した側が吸収された側を支配し,吸収した側の体制が 吸収された側に強行されたという点で,結果的には戦争統一と同じである.肝に銘じておかねばならないことは,韓半島(訳註:朝鮮半島のこと)の場合 ベトナムのような戦争統一も ドイツのような吸収統一も成されておらず,今後もそうした可能性は薄いという事実だ.
 6・25戦争(訳註:朝鮮戦争のこと)当時,はじめは北側が,次に南側が統一寸前まで至った.しかし 夥しい犠牲だけを払った末,38度線が休戦ラインに変わっただけで統一は成されなかった.その最も重要な原因は,中国・ロシアなどの大陸勢力と 日本・アメリカなどの海洋勢力との間に位置するわが国土の地政学的位置の問題にあると言える.わが国土は冷戦体制以前の清日戦争・露日戦争(訳註:各々日清戦争・日露戦争のこと)当時も大陸勢と海洋勢の対立する要衝の地であった.
 ドイツ統一から14年が過ぎたにも拘らず,わが国土は吸収統一もされていない.その原因もまた,吸収統一の結果が戦争統一と変わりないという点にある.一部ではあるが,南北住民および当局者らが わが国土は戦争統一も吸収統一も成されない(訳註:この場合,むしろ「してはならない」の意か)という事実を悟ったために 平和統一論が定着し,ベトナムおよびドイツとは異なる韓国独自の(訳註:原文では「우리식(ウリ式)」となっている)統一の方案が求められて来たと言える.戦争統一も駄目,吸収統一も駄目なら,我々はどのような統一をすべきなのか,我々の統一問題の核心は まさにこの点にある.一国一制であれ一国二制であれ,今後活発に研究され論議されなければならない問題である.しかし 連邦制を赤化統一案と規定し「国保法」によって統制する限り,さらなる進展はあり得ない.

「反国家団体」規定という障碍物

 統一から14年を経た現在,ドイツでは東西を問わず相当数の人々が吸収統一を後悔しているという消息も伝わる中,我々の統一は 何としても非戦争・非吸収の方法であらねばならないと考えるが,ひとつ明白なのは,統一すべき相手を「政府僭称 反国家団体」と規定していては 非戦争・非吸収統一は成しえないという事実だ.
 「政府僭称反国家団体」との間で統一を行なうには戦争によって征服するのが最善,吸収が次善の策であると言える.しかし わが国土は戦争や吸収の方法によっては統一されないという事実が既に証明されており,南北当局者らはそのことを分かっていたが故に非戦争・非吸収の方法での統一を何度も約束して来た.
 7・4共同声明が非戦争統一声明であることは確かだが,ドイツの吸収統一の例より前のことであったため 非吸収統一声明であるとは言い難い.しかし盧泰愚軍事政権当時の南北和解・協力・不可侵の合意書は明らかに非戦争・非吸収統一の合意書であり,金大中民間政府当時の6・15共同宣言も この点では同様だ.
 結果が戦争統一と変わりない吸収統一をすべき相手との間では 和解したり協力したり不可侵の合意をしたりするわけもなければ,6・15共同宣言に於いて連合制と「低い段階」の連邦制の間に共通性があることを認めるわけもないからである.また,南側の軍事および民間政権と北側当局とのこうした約束が 南北7千万住民と世界平和市民らの熱烈な支持を受けたという事実も重要だ.
 改正か廃止かは措くとして,議論の紛糾している「国保法」は紛れも無く統一相手である北側を「政府僭称反国家団体」と規定する法である.「政府僭称反国家団体」との間で統一を行なう方法は戦争以外に無いだろうが,わが国土が戦争統一不可能な地域であることは 6・25戦争によってまざまざと証明されている.ならば統一しなければよいではないかと言う向きもあろうが,分断されたままのわが国土は「極東の火薬庫」であり続け,アジアは勿論 世界の平和の阻害要因とならざるを得ない.
 7千万住民の平和な暮らしの為に,世界平和を損なう要因とならない為に,わが国土は何としても統一されねばならず,その方法は非戦争・非吸収の平和統一以外に無い.しかし 統一すべき相手を「政府僭称反国家団体」と規定していては 非戦争・非吸収統一は成し得ない.平和統一すべき相手を「政府僭称反国家団体」と規定した「国保法」をそのままにしておいては統一は成し得ないという結論になる.
 筆者もそうだが,6・25を経験した世代は,戦った相手を同族と認めて平和統一しようとは言ったものの「国保法」を棄て難いのは事実だ.また,相手は変わらないのに我々だけが変わらなくてはならないのかという不満も当然ある.しかし いちいち挙げていられないが相手もまた大いに変わりつつあるのが事実だ.

時代の変化 … 我々も変わらねば

 金正日・国防委員長が「開城(訳註:「ケソン」・北朝鮮の地名)は6・25以前は南側の領土だったではないか,返すことにしよう」として 工業団地造成反対論を説得したという話を 北側要人から聞いた.国力が数十倍も優勢だという南側を相手に 鉄道を連結し,軍事的な要地である開城を開放し,天下の名山・金剛山も差し出しているわけだ.東海線まで連結されれば,休戦ラインは軍事対決線ではなく単なる境界線となってしまうのである.
 6・25を経験した世代が如何に固執しても,世の中は変わるべきものである以上 当然変わるのである.21世紀は,6・25を経験した,それゆえ北を「政府僭称反国家団体」としか見ることの出来ない世代の時代ではない.6・25を経験していない,それゆえ北を敵ではなく同族と見て平和統一を行なうべき若い世代の時代である.
 南北対決の不幸な20世紀民族史を担った既成世代が,21世紀の民族史を似ない平和統一を行なうべき若い世代の足を引っ張ってはならない.「流れ去った水」である6・25世代は,平和統一の水車を回すことも止めることも出来ない.

カン・ミンギル サンジ(訳註:「尚志」?)大学総長

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by xrxkx | 2004-10-13 21:49 | ここが変ニダ韓国人