大量破壊兵器は見つからなかったが
 「イラクには大量破壊兵器は存在しなかったし,今後大量破壊兵器を開発する計画も無かった」とする米調査団の最終報告書が,さる6日に公表されました.米英による対イラク開戦の最大の口実の虚構性が明らかにされても,米英は「戦争に踏み切ったのは正しいことだった」という態度を曲げようとはしないようです.
 最終報告書に関連した彼らの発言は,私が読んだだけでも 以下の通り:
ブッシュ米大統領 6日 ペンシルバニアでの演説
「元イラク大統領の)サダム・フセインが兵器や情報をテロ組織に渡す危険があった。同時テロ後の世界でこのような危険は犯すべきでない」
「イラクは文明とテロとが対峙(たいじ)している場所だ」 (以上 読売 7日)


ブレア英首相 6日 アフリカ歴訪に同行した記者団への談話
「配備可能な(大量破壊)兵器の備蓄がイラクになかったことは受け入れる。しかし、この報告が、対イラク制裁の機能不全を指摘している点も忘れてはならない」
「フセインは大量破壊兵器を再開発しようとする意思を持っており、国連決議を守る気はまったくなかった」 (以上 読売 7日)


ブッシュ米大統領 7日 ホワイトハウスでの記者団への談話
「これまで手にした情報に基づき、我々は正しい行動をとったと信じている」
「(2001年の)同時テロ後の世界では、(イラク元大統領の)フセインは我々が対決しなければならない脅威であり、我々の行動によって、世界と米国はより平和になった」 (以上 読売 8日)
「これまでの情報を照らし合わせれば、われわれは正しい行動を取ったと信じている」
「元大統領はテロリストに(大量破壊兵器の)知識を渡すことができた」
フセイン政権崩壊で「米国がより安全になった」 (以上 産経 8日)


細田官房長官 7日 記者会見にて
「ないと判明したのは結構なことだ。核開発がかつて行われ、化学兵器が使用されたのは事実だ。イラクが疑惑(への回答)を表に出さなかったことで、(イラク攻撃は)国連に認められ、国際的にも支持された行為だ」 (読売 7日)
「現時点で大量破壊兵器が存在しないことが(開戦をめぐる)大きな責任論になることはない」
「イラク政府が査察を求める度重なる国連安保理決議に従わなかったことがイラク戦争の引き金になった」
「ただ怪しいからといって、戦争を仕掛けたということではない」 (以上 産経 7日)

 開戦前,「イラクが大量破壊兵器を持っていること」をアメリカ政府が武力行使の最大の口実にしていた事実,および日本政府と日本国内の親米保守メディアがそれにいち早く支持を表明していた事実は 今更覆せません.「イラクが国連査察団に協力しようとしなかった」などと言い出したのは むしろ戦後のことではなかったか.

 対イラク武力行使の為の安保理新決議が通る目途が立たないと見るや,687だの1441だのといった古証文を持ち出して来て居直ったのは誰だったか.687だの1441だけで武力行使の為の十分な根拠付けになり,新決議の採択など不要だというのだったら,何故初めからそうしなかったのか.それを称してブッシュ米大統領は「国連安保理は責任を果たさなかった.だから我々が立ち上がるのだ」とまで言い放ったではないか.
 米英やその取り巻きは イラクが国連決議をないがしろにして来たというけれど,一方では「私が大統領の座にある限り アメリカは国連に従ったり制約を受けたりしない」と言い放ちつつ 都合の良い時だけ国連の権威を笠に着るやり方は フセイン政権などより遥かに「国連決議をないがしろに」していなかったか.

 ブレア英首相の言う「対イラク制裁の機能不全」についてですが,7日付の読売の記事に「報告書の骨子」が載っていますので 見てみましょう.
◆米調査団報告書の骨子
▽イラク戦争直前、イラクに大量破壊兵器は存在せず、開発計画もなかった
▽イラクは1991年、大量破壊兵器を基本的に破壊した
▽国連制裁が解除されたら、大量破壊兵器を再び保有する意図があった
▽91年以降、スカッド・ミサイルなどの運搬手段を保持していた証拠はない
▽91年以降、イラクの核開発計画は衰退した
▽91年、未申告の化学兵器を廃棄した
▽91―92年、未申告の生物兵器を廃棄した
 このうち国連による経済制裁に言及しているのは,3番目の「国連制裁が解除されたら、大量破壊兵器を再び保有する意図があった」だけですね.だったら経済制裁を当面継続すれば済むだけの話で,これ自体は武力行使の理由には全くなっていません.

 一番情けないのは,残念ながらわが日本の細田官房長官の発言でしょう.それは大量破壊兵器など無いに越したことはないのは当たり前.しかし 開戦の最大の根拠が嘘八百だったことが判明したという時に「結構なこと」とは能天気すぎないか.
 また,最近こうしたアメリカ寄りの人々が対イラク開戦を正当化する際の決まり文句として,今回の細田発言も イラクの「核開発」やら「化学兵器の使用の前歴」やらを持ち出していますが,それは何もここ2年や3年のうちに行なわれたわけではないでしょう.こういうことを開戦の正当性の根拠として持ち出す方々は,イラン革命で煮え湯を飲まされたアメリカが,イラクのそうした面など百も承知の上で,しかも彼らが今や「独裁者フセイン」と呼ぶ人物と手を結んでいた事実を 一体どう説明するつもりなのでしょう.このことは,むしろアメリカにとって「大量破壊兵器の廃棄」も「イラクの民主化」も建前に過ぎないという証左の一つです.
(この点に関しては イラクのみならずアフガンについても同様.ソ連の軍事介入によってカルマル政権が立てられた時 アメリカが支援していた相手は 何も「北部同盟」だけではなかった)
 余談.
 私としては ブッシュ発言中の「文明とテロとの対峙」とは要するに何のことだろうか,とか あるいは 「アメリカと世界はより安全になった」というときの「世界」とは具体的には一体何を指すか,といった問題について 少し掘り下げたかったのですが,それをやりだすと 《大量破壊兵器の有無と開戦の大義》という主題から あまりにも逸脱してしまいますので 別の機会に譲ることにしました.

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 さて,米英首脳が対イラク開戦の正当性を喧伝する中,日本の親米保守メディアも一斉に対米支持を打ち出しています.
 読売は早速昨日(10/08)付の社説 [大量破壊兵器]「脅威は間違いなく存在していた」 の中で 次のように書いていました.
 開戦前、米英両国政府は、イラクが国連決議に違反して、今なお核・生物・化学兵器の開発を続けている、との判断を示していた。そうした情報分析は、現実には間違っていたことになる。
 一方で、報告書は、元大統領サダム・フセインには、「国連制裁が解除された後に、大量破壊兵器の開発を再開できる能力を維持する戦略」があった、とも指摘している。イラクの脅威は存在していた、という判断である。
 報告書は、戦略的決定は、独裁者フセインが下していたと結論づけている。一九八〇年代に実際に化学兵器を大量殺戮(さつりく)に使い、それがイランとの戦争では効果をあげたと確信した、としている。
 国際原子力機関(IAEA)のブリクス前事務局長は、「あと、二、三か月の査察継続で、大量破壊兵器はなかったと報告できた」と主張している。
 だが、その結果、国連安全保障理事会が制裁を解除した場合、イラクは再び大量破壊兵器の開発に向かう可能性があった、というのが報告書の趣旨だ。
 産経も,今日(10/09)付の社説「大量破壊兵器 独裁者の野望を阻止した」の中で こう書いています.
 イラクで大量破壊兵器の捜索にあたってきた米国調査団が、「備蓄を示す証拠は得られなかった」との最終報告書を米議会に提出した。しかし、イラクの独裁者が核兵器開発にのめり込もうとしていたことは明らかで、イラク攻撃によってフセイン元大統領の野望が阻止されたことは揺るがない。
 「証拠が得られない」ものを「明らか」だと強弁するのです,この新聞は.同じ産経が 開戦前には 対イラク武力行使を「大量破壊兵器の廃棄をめざす戦争であることに変わりはない」「その実体から目をそらさず,真正面から見すえなければならないだろう」と書いていたことを思えば,驚くべき豹変ぶりです.
 「戦略があった」「大量破壊兵器を保有する意図も能力も持っていた」などという漠然とした話が開戦の根拠になるというのなら こんな楽な話は無い.結局「可能性」でしかモノを言えないということでしょう.当然です.具体的な証拠は何ひとつ挙がっていないのですから.
 そういえば小泉首相は,自衛隊派遣に当たっての「非戦闘地域」とは具体的にどこを指すのかをめぐる攻防の折に ○○の一つ覚えのように繰り返していた「可能性を言い出したらキリが無い」を こういうときには言わないのでしょうか.
 第一,本当にイラク戦が「大量破壊兵器の廃棄を目指す戦争」なのだったら,どう考えても大量破壊兵器とは関係無さそうなゲリラとの紛争を各地で未だに続けている理由も無いでしょうし,ましてやアブグレイブ収容所での民間人への拷問・虐殺など論外の筈.

 上の読売の社説は 次のように結んでいます.
 イラクの安定化には、治安回復と政治日程の円滑な実行が不可欠だ。米国はじめ国際社会には、そのために努力する責務がある。

 以前も書いたように,ラムズフェルドなどは「イラクの治安回復を待たずに米軍撤退もあり得る」などと言い出しているのですが,アメリカには読売が言う「イラクの安定化のために努力する責務」をちゃんと果たす気があるのでしょうか.まさか治安維持まで他国に一部下請けさせるようなことはしないでしょうね.
 ついでながら,ここで殊更「政治日程の円滑な実行」を持ち出しているのは,政府がイラク復興信託基金への拠出金の一部をイラク国民議会選挙の費用に回す方針を先頃決定したのを受けてのことでしょう.アメリカとしては自分たちが占領統治を続けている間に親米限定の「民主」政府をイラクに作りたいのでしょう.ところが 今年6月末のCPAから暫定政府への主権委譲も 結局は反米勢力との抗争が長引いて頓挫してしまっていたのでした.来年1月にまたやるそうですが,その費用に日本の拠出金を充てるという.このことについて,以前も何度か引用させていただいた天木直人さんの「マスメディアの裏を読む」が 10/04付の記事「イラクの復興援助をこんなことに使ってよいのか」の中で扱っていらっしゃいました.
 そもそも復興援助の名の下にどのような援助が妥当なのか。経済復興とは直接関係のない選挙のような政治的な行政経費まで復興援助として認められるべきなのか。この定義について世銀、UNDPの了承があるのか。それとも供与国の裁量に任されているのか。最近の報道を見ていると、米国がイラクの治安情勢の悪化に伴って治安強化を大幅に進める必要が出てきたので、自ら拠出した復興援助資金を警察活動などに使う事にしたと言い出している。米国に頼まれて日本は選挙の成功の為に援助の肩代わりをさせられているのではないのか。
 どこからどこまでを「復興援助」と呼ぶべきかについての議論がきちんと為されていないという点も困りますが,拠出金の使途の不明瞭さというのはそれ以前の問題でしょう.
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by xrxkx | 2004-10-09 12:01 | 時事ネタ一般