【韓国核開発疑惑】 《責めてみせ》ねばならぬ
 私が最近知った「Aquarian's Memorandum」というblogで,一連の韓国核開発疑惑に関連した文章を2本拝読しました.(以下 各々「記事A」「記事B」と呼ぶ)
 こちらの執筆者である「アク」さんご自身が,もともと原子力分野の研究者をなさっていらした方のようで,さすが玄人っぽい分析をしておいでです.
 ただ,技術面に関してはともかく,今回の一連の事態をどう評価し,どう対処すべきかといった政治点では 私としては納得しがたい部分が一部見受けられます.今回は その点についての質問という形を借りて 私なりの持論を述べてみようと思います.IAEA理事会を明日に控え,一度 私自身の頭の中を整理しておきたいということでもあります.

 まず 前半たる本entryでは 記事Aについて見て行くことにしましょう.
私は、未申告は咎められるべきだが、実験自体はもっとクールに受け止めてもいい、と考える。ショックを受け、怒っている人たちは、日本が1970年代以来、はるかに大規模に、実験だけではなく、開発試験を行っていたことをご存じなのだろうか。韓国では0.2グラムがとんでもなくて、日本では数百グラムか、キログラム作ってもいいというのだろうか。
 先に私の立場をはっきりさせておいたほうが良いでしょう.
 「未申告は咎められるべきだが、実験自体はもっとクールに受け止めてもいい」の箇所,私も異論はありません.実際,私は今回の一連の事件に それほど「ショックを受け」てもいませんし「怒っている」わけでもない.
 もっと単刀直入に言うなら,今回の件は 日本の対韓外交にとって 非常に使いでのあるカードになり得る──日本の外務省がそれを実際に使いこなせるかどうか,使う覚悟があるかどうかは また別ですが──という意味で,むしろ歓迎すべきものですらあると考えます.
 核兵器保有による抑止力が外交上の道具であり得るのと同様に,核廃絶または不拡散の為の国際的取り決めによって他国に課する制約もまた外交上の武器であるべきです.この点に於いて日本は韓国よりも遥かに強い立場にいる以上,これを生かすことを考えるのは むしろ自然だという立場に,私は立ちます.
 従って,今回の一連の核開発疑惑を「クール」に受け止めるなら,なおさら韓国に対しては怒って見せないといけない
核兵器保有や核技術取得をめぐる国々の競争は、お山の大将ゲームに似ている。(中略)このゲームの構造自体を何とか変えていかなければ、どうにもならない。韓国を責めるより、このゲームの構図をどうするかのほうが、はるかに大事な問題だ。
 この点についてですが,例えばNPTそのものが 核軍拡競争への歯止めとして一定の役割を果たす傍らで 一握りの核保有国──むろん その頂点にアメリカが立っていますが──による核の占有を助長してきた側面を どう評価すればよいのか.
 冒頭で引用させて頂いた 「韓国では0.2グラムがとんでもなくて、日本では数百グラムか、キログラム作ってもいいというのだろうか」 のくだりも 同様の文脈で読みたい.これを言い出すと 当然ながら 「アメリカによる『限定核戦争』構想はOKで,北朝鮮による核弾頭配備はNGなのか」あるいは「アメリカによる臨界前核実験は核爆発を伴わないからOKで,北朝鮮はプルトニウム再処理すらNGなのか」 という設問も同様に成立してしまいます.
 かと言って,「では 世界中のあらゆる国が めいめい勝手に核保有に向けて動き出したら 今現在よりも国際間の安全保障は確かなものになるか」と問われて Yesと答える人は少ないでしょう.NPTというのは そうした苦衷の中から生まれた暫定的解決策以上のものではあり得ない.
 それなら,「核を持つことを許される国」と「そうでない国」との線引きを,誰がどうやって決めるのか.全ての国が納得するcriteriaは おそらく存在しないでしょう.結局は
核という途方も無い力を手にすることによって生じる国際的責任の重みを十分に認知し,国民一人一人がその重みに耐え得る覚悟を持った国であると 国際社会から見なされているかどうか
によるしかないのではないか.
(残念ながら,現時点での核保有国の中にも 上述の条件を満たさない国が 一部に見受けられるようです.そうした国を隣国に持った日本にとっても,これは他人事では済まないのですが,それは今回の韓国の問題から外れますので ひとまず措くとして)

 今回の韓国の一連の核疑惑に関しても,
「実験が行なわれた時点で韓国政府に核兵器保有の具体的プランがあったのか」
だけを問題視したのでは諸外国は対応を誤ることになるでしょう.今回の件を契機に韓国をどうこうしようということとは別に,上述のような意味で
「韓国という国が将来的に核保有国たる資格を備えていると言えるか」
という文脈の中で 今回の件に関する韓国政府の対応の仕方,あるいは国民大衆の反応を 一度よく見極めておく必要がある.この点については 後半で触れます.

 ところで,核と安全保障との関わりについて,記事A中で氏は次のように述べておられます.
核兵器など持たず、互いに平和に共存し合おうとの地域安全保障体制を地道に作っていくしかないように思う。遠い道だが。
 残念ながら私はこの点に関しては極めて悲観的,もしくは少なくとも懐疑的です.何せ不確実な要素が多すぎる.例えば以下の点について,氏はどのようにお考えなのか.
  1. 核による抑止力の存在意義自体に対する賛否.言い換えれば「本当に核が無いほうが世界は平和・安全であり得るだろうか」という点での基本認識.
  2. 地域レベル(東北アジアなど)での非核化を前提とした地域安全保障体制というもの自体の成立可能性.すなわち,地球の裏側には核大国が依然存在する条件下での,「核の無い東北アジア地域」等等はあり得るのか,という問題.
  3. 上の問題に対する解答が もしNoならば,「では 既存の核保有国,とりわけ核不拡散体制の頂点に立つアメリカの首に 一体誰が鈴を付けるのか」という問題.
 私個人としては それこそ核を凌ぐ抑止力たり得る兵器体系が新たに誕生でもしない限り,根本的な核廃絶というのはあり得ないのではないかと思っています.但しコスト面を考えての核軍縮の範疇に話を限るなら,見込みは十分あるでしょう.むろん その場合でも問題は「核軍備競争に於いて優位に立つ側が それを望むか,それとも かのソ連ですら音をあげた『軍拡チキンレース路線』を歩むのか」に掛かって来るのは同じ事かも知れませんが.

(続く
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by xrxkx | 2004-09-12 13:38 | ◆ 韓国核開発疑惑